第379話 魔法少女戦シュミレーション

 富士樹海の森の木々を掠めるようにして、魔法少女たちは飛んでくる。


 ふだんはひと気もなく静かな森が、魔法少女たちの羽音が放つ高周波の音で満たされはじめる。動物や鳥や昆虫までもいない人口の森が、にわかに活気づいて、まるで数百年前のあらゆる生き物が生息していた頃のような騒々しさに包まれていく。

 森の上空をはばたく魔法少女の群れは、まるで疾風のような黒い霧となって空を覆い尽くす。おそらくその視線の先にあるのは、国連軍日本支部のシミュレーション・エリアの最外縁部分。

 

 草薙は臨時に作戦室として使用している『憲兵隊』の大会議室から、現場に指示をとばす。

「もうすぐ魔法少女が我が軍のシミュレーション・エリアに侵入する。各位はもう一度武器および装備の点検を。またRVリアル・ヴァーチャリティ装置から『カバード』を遠隔操作している部隊は、エリアのカモフラージュ色の調整をいま一度してほしい。色は黒『#000000』に合わせろ」


 シミュレーション・エリアには『素体』で作られた街並み。

 以前、デミリアンの訓練で使われた『渋谷』のデータの使い回しで、駅周辺2km範囲内が完全にシミュレートされている。だが、今回は表面には外装をほどこすマッピング・データも、凹凸を再現するサーフェス・データも適用されていない。ただ真っ黒に塗りつぶされただけの渋谷の街並みがそこに現出している。

 兵士たちは『素体』で作られた建物のなかに潜んでいる。生身の人間も『カバード』と呼ばれる憑依型アンドロイドも、真っ黒なペインティングを顔にほどこし、真っ黒な戦闘服を着込んで(もっともカバードは設定だけで黒になるが)スタンバイしている。

 もちろん持ち込んだ銃や重火器も黒一色に塗られている。


 魔法少女がもし人感センサーや体温センサーの能力を備えていないのなら、このカモフラージュだけでも相当有利に戦いを進められる。だが、そうでなければ、ただ間抜けな季節はずれのハロウィーン部隊ということになる。


 魔法少女たちが国連軍敷地内の境界線に侵入してきた。AIによるカウントデータでは、約2000体——。それが今見えている霧状の群衆すべてなのか、そのうしろに続いてきているまだ視認できない後続も含めてかはわからない。

 境界線ラインの上を先頭の群れが通り抜ける。

 その瞬間、高圧電流バリアの放電が一気に放たれる。

 バチバチという凄まじい音——。

 その火花は作戦室のメインモニタを通してでさえ、思わず目をそむけたくなるほど強烈だ。電流の直撃を浴びた魔法少女は十数体。黒焦げになって、そのまま緩衝地帯に墜落する。

 だが、ほとんど、いや少なく見積もっても9割方はその電撃バリアをすり抜けていく。


 その魔法少女たちはすぐに高圧電流バリアの放電に対して、移行領域(トランジショナル・ゾーン)のベールをアジャストしたのだろう。

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