第346話 この映像には疑問点があるのだ

 しばらくして、音が止むとディオが目をゆっくりと開いていった。

 淡い光が差し込んでくる。ポールを掴む腕に力をこめて、膝をたててゆっくりと半身を起こしていく。

 そのとき、貯蔵庫のなかから、不思議な音が聞こえて、ディオははっとしてそちらに目をむける。

 

 そこからが不可解だった。ジョナサンはこの『網膜ログ』の映像を何回か見させられたが、何度みても理解ができなかった。


 そこに映っているのは、ただの明るい光だけで、なにも視界には映っていないのだ。その光はゆらめくことも、陰ることもない。ただ白一色の光だけが視野いっぱいに広がっているのだ。 

 だが、その次の瞬間、突然、視界が真っ赤に染まる——。


 はじめてこの映像をみた者は誰もが息をのむ。があまりに赤が強すぎて、明るい映像にもかかわらずまっ暗くなったと一瞬勘違いするのだ。まるで『赤い闇』に飲み込まれたという印象——。

 が、次の瞬間、目の前に貯蔵庫の入り口、そして貯蔵庫の内部が現れる。それまでの幻影のようなものが消え、視界がそこにあるものを、間違えなく捉えていることが理解できる。

 そして間髪をおかず、ジョナサンの声が聞こえてくる。

「おい、どうした。ディオ」


 ブランドーはそこで映像をとめた。

「何回も見ていると思うだろうが、この映像には疑問点があるのだ」

「あぁ。誰だってわかる。ディオはなにを見たのかだ。それを見たあとに発狂したのだからな。だが、このログを見る限り、視界にはなにも映っていない」

「だが、きみはこの時、貯蔵庫のなかに誰か、もしくはなにかがいた、と言ったのだよ。でもきみがいた場所からは貯蔵庫のなかは見えなかったはずだし、実際ディオも見ていない。だがきみは見たと思った……。なぜ見たと思ったかを教えてくれないか?」

 ジョナサンはブランドーからそう指摘されて、おもわず目をつぶった。

 額に手をやり、その手を目の回りに滑らせ、ゆっくりともみほぐすような仕草をした。数十秒そうやっていたが、ブランドーはなにひとつことばを発せず、ジョナサンのことばを待った。

「なぜ……見たと、思ったか……。たぶんディオの顔になにか光が反射してみえたのか、もしかすると元素凍結のフリージングの煙の揺らぎを、なにかが動いた、と勘違いしたのかもしれない」

「いや、それはないはずだ」

 そういうと再びブランドーは中空に映像を呼び出した。

 今度はジョナサンの視覚データだった。

 ディオがポールを掴んでからだをおこしたあと、貯蔵庫のなかを覗き込んでいるシーンが再生された。貯蔵庫のなかでしたかすかな音に、ディオの顔色がさっと変わるのが見えた。

 映像はそこでとまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る