第342話 なにも感じないように教育されてる

 ショートはつい疑問を口にすると、リンは弱り果てたように弁解した。

「アスカはわたしがメイって名乗ってたときの生徒なの。だから……」

 ショートはたちまち理解した。沖田十三に素性を突き止められたのは、このアスカのなにげないひと言だったにちがいない。

 春の日を五月と見立てて、『メイ』という名乗っていた時期があったと聞いていたが、そのときアスカと交流があったとは思わなかった。

 その当時は、『ミア』というミドル・ネームとあわせて——


 リン・ミア・春日メイと名乗っていたと言っていた。

 

 まさか歌手をやっているときの教え子と、こんなところで再会するとは想像だにしなかっただろう。だがその再会のおかげで素性がヤマトに知られてて、アヤトのことを責められたとしたら、それは運命だったにちがいない。

 それはブライトのほうにも言えることだ——。


 ブライト一条。本名、一条ひかる——。


 彼はそのときどんな顔をして言い訳をしたのだろうか。一条ひかるの休職に、ヤマトの糾弾が関係していたとしたら、すこしは溜飲がさがるというものだ。


 ショートはヤマトを見つめた。ほんとうに凛々しくなった——。


 いつだったかアヤトは感慨深げに言っていた。

 あれはベッドのなかでだっただろうか——。

『タケル、あいつはオレにとっちゃあ、弟とか甥っ子みたいな感じでね、ほんとうはもっと可愛がってやりたいんだ。でもな、あいつは人間として扱っちゃあいけないって、親父さんか言われてててね』

『人間として扱っちゃあいけないってどういうことよ?』

『親父さんには、タケルを「兵器」として育ててるって言われたことがある。地球の命運を託せる最終兵器だって』

『ずいぶんな父親じゃない』

『いや、オレはそれがただしいと思ってる。タケルにはわるいと思うが、だれかが犠牲にならなきゃ、この戦いは終わらない……』

『じゅうぶん犠牲になっているでしょう、みんな』

『そうじゃない。あいつはどんなことがあっても、なにも感じないように教育されてるんだ。なにがあってもだ……』

 そう強く力説したが、なぜか申し訳なさそうに呟いた。


『でも、そんなの人間って言えないだろ……』


 思いにふけっていると、ヤマトがこちらを見つめ返しているのに気づいた。

 ショートはゆっくりとヤマトに歩み寄ると、囁くようにお礼を言った。

「タケルくん、ありがとう。アヤトのこと。リンさんから聞いたわ」

「あぁ……。でもそれで特にブライトさんが処罰されたわけじゃないよ。ぼくはシモン、いえ、アヤトが死んだ経緯をあきらかにしただけだ。お礼されることじゃない」

「でも、リンさんの前の名前から真相をあきらかにしてくれたのはすごいと思うわ……」


「前の名前……。あぁ、スズ・ミア・ハル日……」

「そっちじゃないわ」

 ショートはあわててヤマトの口をふさいだ。



「その名前は禁則事項よ」


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