第326話 エドはこの世のものと思えぬものを見た

「なんのトラブルかしら?」


「ぼくらが来ているせいで、なにか無理させていたりするんじゃないでしょうか?」

「それはありうるわね。めったに活躍することがない部隊だから、張り切りすぎてなにか空回りしているとかね」

 ふたりでそのトラブルについて推察しあっていると、ふいに隊長がこちら側に顔をむけた。そこには申し訳なさそうな、でも心底困り果てたような、複雑な表情が浮かんでいた。

「春日博士、エド博士。大変申し上げにくいことがありまして……」

「なに?。なにかトラブルでも起きたの?」

「あ、いえ。今、各部署からの調査報告のまとめが入ってきたのですが……」


「このエリアに魔法少女の遺体も、切断された部位も肉片も、まったく見つからないそうです」

「嘘でしょう。だってわたしたち戦闘中に切断されたり、潰されて地面に落ちていった魔法少女を何人もみたのよ」

「えぇ、はい。細かな肉片や血液の残留は確認されているのですが、肉体の一部は一切……」

「そ、そんな……。なくなるはずないでしょう。映像記録にも残っている……」

「でも、ないんです。すべての現場から魔法少女の死体や部位が消え去ったんです」


 だが、エドには隊長の弁解じみたそのことばは聞こえていなかった。

 エドの視線は一点に釘付けになっていた。いや、見ていたわけではない。周辺視野に映っていた——。

 瓦礫と瓦礫のあいだに空間の裂け目のようなものが開いていて、そこへなにかが入っていくのが感じられた。エドにしか見えない角度なのだろうか、あたりに大勢の人がいるのにだれもそれに気づかない。それどころか、自分のすぐ横にいる春日リンもまったく気づいていない。

 それは四つんばいで歩いていた。

 ほとんど服らしい服もきていなかったが、肌の質感から人間であるのはわかった。だが、なにかとんでもない違和感がある。頭では裸の人間であることを理解していたが、どこかであれが人間であるはずがないとわかっていた。

 恐怖が足元からせりあがってくる。足の腱や神経や血管が下からゆっくりと切れていき立ってられない。そんな錯覚に襲われる。


 四つんばいの人間は二組いた。その二組は首から上がなかった。そして首と首の根元でくっついていて、まるで八本足の、そういう生き物のように振る舞っていた。


 恐怖という恐怖が、エドのからだを這い上がってきたが、それが悲鳴となって、口元から発せられる寸前に、その生き物は空間の裂け目にすっと消えていった。


「エド、大丈夫。すごい汗よ」

 そう呼びかけられて、エドははっと我を取り戻した。

 幻影をみた——。すぐにそう結論づけた。本当にそれを見たと、安易に口にしてはならない。亜獣の専門家としての見識を疑われる——。


「いや、大丈夫です。どうもこの『素体』調子がおかしいようなんです。たぶん、すこしばかり汗腺の設定が甘いんでしょう」


 そう、自分はただの白日夢をみただけだ——。


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