第317話 膝が抜けて倒れ込みそうなほどのショック

 リンはそう聞きながらも、科学者として先人のその熱い思いを感じていた。


 未知の怪物、亜獣にたちむかった科学者たちは、ゴールも見えないこの未曾有の戦いに、未来に生み出されるであろう技術に期待するしかなかったのだろう。この部屋を『シンク・バンク』と名付けたのも、その思いがこめられたものに違いない。

 だが亜獣の残りがついに十体を切った今でも、ここにある脳を活用できないままのは事実だ。科学者の端くれとして、申し訳ないという気持ちが湧き上がる。


 ふいにヤマトが呟くように言った。

「だけど、ぼくはなぜかここにくるだけで、心が落ち着くんだ」


 その『シンク・バンク』のひろいエリアを、ヤマトは迷うことなくつき進んでいた。直進すべきときは、ためらいもなく進み、曲がるときは辺りを一顧だにせず曲がった。あきらなかにこの場所を知っていて、往き慣れた道筋をトレースしているように見えた。 

 うしろにつき従いながら、それが確かであることが確信できるにつれ、リンのなかに恐怖がもたげはじめた。おもわず隣を歩く草薙のほうに助けを求めるような視線を泳がせてしまう。だが、草薙もおなじような思いに至っているのか、前をゆくヤマトの後頭部あたりをギッと睨みつけたまま口元を引き結んでいた。


『怖いわ』

 リンはテレパス・ラインで思考を草薙に飛ばした。

『えぇ……』

 草薙からの返事はそれだけだった。だが、それだけでリンは膝が抜けて、倒れ込みそうなほどのショックだった。あわてて次の思考を飛ばす。

『どうすればいい?』

『それはわたしたちが今ここでするべきこと?。それともこのあとで人類にたいしてするべきこと——?。どちら?』

 リンは歩きながら、ほんの数秒だけ目を閉じた。そして返事をした。

『とりあえず——。ヤマト・タケルを』

『了解です。それはわたしが引き受けます。もし失敗したら……』

 ふっと草薙がこちらに目をむけてきたのがわかった。草薙がリンの目をしっかりと見据えてから、ことばを発した。

「あとはお任せします」


 ふいにヤマトが足をとめた。

 背後で突如発せられた草薙のことばに、ヤマトが反応したのだ、とリンは思った。だがそうではなかった。ヤマトは正面にあるモニュメントをじっと見ていた。

 ヤマトよりも20cmほど低い高さの柱——。

 

 突然、ヤマトがその場にくずれ落ちた。

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