第316話 幽世(かくりょ)の間。ぼくらはそう呼んでる

 リンはゾクッとからだを震わせた。

 それは部屋の空気の冷たさのせいだけではなかった。

 脳の乗るモニュメントを注意してみると、収納された水槽の下には、ヴァイタルのステータスをモニタリングする装置がはめ込まれていた。

 だが血流を示すグラフはわずかに動いているものの、脳波も思考波もすべてフラットだった。


「歴代パイロットの脳がここに揃ってる」

 ヤマトが白い息の下から言った。

「そんな嘘でしょう。パイロットは荼毘だびにふされて、専用墓地に納骨されているはずよ」

「わたしもそう聞いているわ」

 リンの意見にめずらしく草薙が同調してきた。心強いというより意外、という感じを受けた。

 春日リンにとって草薙素子と行動をともするということは、一年になんどもある出来事ではない。ましてやふたりだけで(ヤマトという男があいだにいるとはいえ)、おなじ空間にいるのは希有なことと言ってよかった。とはいえ、意図してふたりで行動しなかったわけではない。接点がすくなかっただけで、むしろふたりの相性はよく、一緒にいるのは居心地がよいほうだった。ふたりとも他人に関心がなく。お互いの見解や行動には興味がないという共通点ゆえかもしれない。


「『幽世かくりょの間』。ぼくらはそう呼んでる」

幽世かくりょって……、あの世とこの世を隔てる、その間のこと?」

「タケルくん。ここにある『脳』は生きてるのかしら」

 うしろから付いていく草薙がめずらしく興味をそそられた口調で尋ねた。

「草薙大佐、ここの脳は死んでない——。でも意識はないし、何の思考も感覚もない。だから生きているとはいえない」

 そう言いながらヤマトは部屋の奥へむかいはじめた。

「脳死状態っていうわけね」

「でもなぜ、ここにこれだけの施設まで作って『動かして』いるの?」

 リンはまわりの光景に圧倒されながら疑問を口にした。

「ぼくにもわからない。でも、パイロットが経験したあらゆる感覚を、いつか将来脳から取り出せれば、亜獣を倒すために役立つだろうって、過去の誰かが思いついて、未来のだれかに託したんだろうって思う」

「でもそんなもの実現してないわ。2488年でもね」


「あぁ、そうだね。亜獣が出現して一世紀ちかく経ってるのに、このプリミティブな脳のデータベースは何の役にも立っちゃあいない」

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