第313話 この機密事項を部外者に漏らすわけにはいかない

「あの子たちにそんな義理はないわ」


 すこし投げやりな口調で言うと、ヤマトの口元がほんのわずか緩んだ。リンにはそう見えた。ずっとこわばったままだったから、それだけでもリンはほっとする思いだった。

「で、どう?。タケルくん。あなた、戦える?」

「もちろんですよ。そんなことでダメになるように、ぼくは鍛えられてない」

 ヤマトが即答してきた。

 良い反応だ——。

 リンはアスカたちと潜ったヴァーチャル空間でのできごとが、ヤマトの精神におおきな影響を与えてしまっていないかと心配していたが、いまのところ、その心配はないようだった。

 いまのところ——。


 本来はこの状況は自分の専門ではない。

 精神科医のアイダ李子こそが適任だ。それは重々わかっている。

 だが、この機密事項を部外者に漏らすわけにはいかない。これを知っているのは、二年前あのときの戦闘で、現場を指揮していた数十人だけだ。そのときの全員、それは自分も含めて、そのときの記憶は『生体チップ』経由で、ロックをかけられている。

 思い出すこともないし、たとえ思い出したとしても、それをことばにすることができない。第一級の『思考封印』をヤマト・タケルの『パイロット権限』で行使されているのだから。


「まぁ……」

 そうことばを切り出して、リンはヤマトになにを言おうとしているのか、ふいにわからなくなった。

 安心したわ——。

 がんばってね——。

 忘れることね——。


 どれもちがって感じられた。

 リンのその一瞬の逡巡の隙をついて、ヤマトのことばが滑り込んできた。

「気になることがあります」


「なぁに、気になることって?」

 ふいをつかれたがリンはすぐさま聞き返した。

「嫌な、とても嫌な予感がするんです」

「ちょっと、なによ、それって」

「アスカとクララの一件はたぶん偶然起きたことだと思うんです。でもそのせいで、あれからぼくの胸騒ぎがずっと消えない」

「胸騒ぎ?。ずいぶん古風な言い回しするのね」

 リンはそう言葉づかいをとらえて、すこしからかうように言った。

 わざとだ——。すこしでもヤマトの懸案事項を、先延ばしにしたいという思いがそこにあった。心構えがなければ、自分がそれを受け止めきれないと、本能的に回避しようとしていたのかもしれない。


「リンさん。お願いがあります」



「ぼくと一緒に歴代パイロットが眠る『シンク・バンク』へついてきてもらえませんか?」

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