第314話 降りかかってきた問題のほうが強大すぎる
ほんとッ、覚悟が足りない——。
春日リンはヤマトとふたりで、パイロット専用エレベータで下降しながら、何度も何度も心のなかで反芻した。エレベータの回数を示す数字は地下20階を超えている。長年この国際連邦軍日本支部に勤務しながら、リンすらはじめて足を踏み入れるエリアだった。いやそれどころか存在すらあやしいとされていた、不可侵エリアなのだ。
たしかにリンは興奮を隠しきれなかった。だが、同時に膝がふるえるのも止めきれない。そのみっともなさに『覚悟が足りない』と再び自分を痛烈に叱咤した。
いや、誰だってそうなるはずだ。あのヤマト・タケルですら覚悟を決めきれずにいたのだから。自分が非力なのではない。降りかかってきた問題のほうが強大すぎるのだ。身の丈170cm程度サイズの個体が、受け止められる範囲を超えている——。
だから、春日リンは草薙素子大佐を呼ぶことを条件にした。
腹立たしいが、このような事態でこれほど心強い者はいない。あの時のトップ・シークレットを共有し、ヤマトに対する責任を負っている点でも適任だ。もしかしたら、今回の件、草薙大佐にも責任の一部があるかもしれない……。
地下38階——。
おそらく国際連邦軍、日本支部の最下層エリアにエレベータが到着した。ドアをでるとすでに『シンク・バンク』と呼ばれる部屋の前に草薙が待っていた。すくなくとも彼女はこの場所の存在を知っていて、ここまで来る権限が与えられているらしい。おそらくヤマトを護衛して、ここまで来たことがあるのだろう。リンは草薙に思考通話『テレパス・ライン』で語りかけた。
『草薙大佐、ありがとう。助かります』
わかってはいたが、本人を目の前にすると、やはり頼もしく感じられほっとする。
『いえ、仕事ですから……』
『そうね。で、ここに呼ばれた意味はわかるわよね?。覚悟はできてる?』
『ご安心を。さきほどの連絡で、概要を聞いてますので』
草薙の顔色はまったく変わる様子がなかった。万事つつがなく運ぶから大丈夫だ、という冷静さがみてとれた。それだけでどれほど肩の荷が軽くなることか。
「じゃあ、行きましょう」
三人は『シンク・バンク』と書かれたおおきな壁の方へ向かい、その手前にあるゲートの床に四角く区切られた認証エリアの中に立った。
「デミリアン・パイロット、ヤマト・タケル」
ヤマトがそう叫ぶと、認証エリア全体に光が照射され、ヤマトのからだが瞬時にスキャンされる。数秒後に『ふぁん』というふぬけた音とともに認証が済んだことを知らせてきた。
「春日リン博士と草薙大佐を同室させることの許可を求める」
ヤマトが続けざまに言うと、今度はリンと草薙のからだに光が照射され、すぐに『ふぁん』という音がした。無事に認証手続きが終わったらしい。おそらくふたりの生体チップをAI管理局の登録と紐付けしたのだろう。
ふいに正面の壁の一部に穴があいた。扉だった。みあげるほど大きな壁のわりには、ひとひとり通れる程度のこじんまりとしたサイズで、壁面とシームレスになる構造なので、開くまではそこに入り口があるとはまったくわからない。
春日リンはその入り口から室内に足を踏み入れた。
おどろいたことに、そこはちいさな小部屋に続いてた。
『保管室』とプレートが下がっているその部屋は、天井も低く、こぢんまりという表現したくなるほど、外側のいかめしい壁からは想像できないものだった。
そこには、古くさいボードゲーム、薄汚れた動物のマスコットのぬいぐるみ、アンティークな家具(しかもほとんどがどこかに破損があった)——、そして年代ものとおもわしき食器類があった。
どれもとても25世紀末とは思えない、かなり前時代のものばかりだった。
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