第310話 今、そのレイが目の前で白旗をあげている

 電気玉——?。


 イオージャがレイのセラ・サターンへ背中をむけようとしている様子は、ユウキにとって、まるで悪夢を見ているようだった。あのとき、エドに見せられた双翼ならぬ『双尾』から発射される『電気玉』が頭をよぎる。それほどの破壊力はないが、超絶縁体を通り抜ける凶悪な必殺技——。

「ユウキ。急いでぇぇ!」

 アスカが怒鳴った。そこにいつものような当てこすりめいた響きはなかった。その声は’ただ純粋な悲鳴だった。

 ミサトが「レイ、逃げて!」と叫ぶと、ミライも「レイ、隠れて!」とほぼ同時に声をあげていた。

 ユウキのからだをゾクッとした怖気が通り抜ける。いつのまにか足が震えていた。

 間に合わない——。


 セラ・サターンは仲間たちの悲痛な声をまるで無視するように、手にした薙刀なぎなたをうしろにおおきく振りかぶって投げようとしていた。いくら亜獣が背中をむけていて無防備に見えたとしても、投げた武器でこの窮地をなんとかできるはずもなかった。

 ユウキはまるで逃げ切れないと諦めて、レイがさいごの悪あがきを試みようとしているのではないかと感じた。あのレイがそこまで追い込まれている——。

 仮想世界とはいえ、ユウキはレイとバディを組んでみて、その底知れぬ才覚と行動力にあらためて敬服させられていた。ユウキを生け贄にしてドラゴンを倒した決断力、偵察艦を易々と手中にする作戦を思いつく発想力、クラーケンの破片でドラゴンを操り超弩級戦艦を沈めた戦略性。もしかするとヤマト・タケルよりも有能なのでは、と勘ぐりたくなるほどの、まさに天才だ。

 だが、今、そのレイが目の前で白旗をあげている——。


 ユウキには到底了承しがたい光景だったが、自分の操るセラ・マーズがレイのセラ・サターンの上空までたどり着くには、あと十数秒かかった。

 あと数秒で『電気玉』が発射されるとしたら、絶対にまにあわない。気の遠くなるほど長い数秒が届かないのだ。


「レイ!、そんなの無駄よ。サターンを犠牲にするつもり!!」

 リンが怒りを含んだ口調を、レイにぶつけた。だが、レイはその怒声にはまったく反応しなかった。

 セラ・サターンが薙刀なぎなたを渾身の力で投げた。だが、その刀身はまったく力がない投擲になった。薙刀なぎなたはすぐに失力をうしない、地面を滑っていくと、二本の尻尾で電気を発射しよう踏ん張っているイオージャの股の下を通り抜けてしまった。

「レイ、早く逃げなさいよぉぉぉ!」

 レイの最後の一撃がイオージャを外したのを見て、アスカが罵倒せんばかりに声をたたきつける。ユウキは臓腑が固まるような感覚を覚えた。司令室にいる面々はみな顔が蒼ざめている。ユウキにはそう見えた。いやそれ以外があるはずもない。

 圧倒的な絶望感——。


 セラ・サターンがうしろに勢いよく倒れ込むような仕草をした。だが、すぐ背後には低層のショッピング・センターのがある。レイはかまわずそのビルの屋上にセラ・サターンの背中をおしつけて、そこを支点にしてうしろにでんぐり返りをした。

 その瞬間、イオージャのからだがそのまま前のめりに倒れた。足元をすくわれて前に突っ伏したという動きだった。ドンという大きな音とともにイオージャが仰向けに倒れる、と同時に二つの大きな尻尾のあいだから『電気玉』が放たれた。

 バチバチと音をたてる凶暴な電気の球が、天空にむけて打ち出される。その導線上を舞っていた魔法少女の群れが薙ぎ払われ、一瞬にして数百人もの魔法少女が粒子となって消えた。


 なにが——。

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