第302話 一刻の猶予もない——

 不安などなにもない。

 ユウキはそう思いたかった。だがどんなに前向きな思考を脳裏に巡らせても、ネガティブな気持ちが湧いてくるのをどうしてもとめられなかった。いや、むしろヤマト・タケルから指示されたいくつかの救出案を、シミュレーションをしていけば、していくほど、より悪い、より嫌な結果が、悪意の鎌首をもたげてくるのだ。


 クララ救出が間に合わない——。

 そのとき、セラ・ジュピターのハッチをこじあけたユウキは、ぶすぶすと煙をあげて焼け焦げていたパイロットシート上のクララの死体を目のあたりにすることになる。

 ユウキの搭乗するセラ・マーズにあの麿法少女たちが放つ電撃が直撃する——。

 起絶緑体で守られたコックピットの中のユウキは大丈夫だ。たぶん……。だが、防御されていないセラ・マーズは致命傷となるにちがいない。

 もしセラ・マーズが命を落とさなかったとしても、そのあとには地獄が待つ。

 イオージャに好きなように蹂躙じゅうりんされ、ゆっくりと命を奪われていく。そして魔法少女たちの電撃を幾度となく浴びせられて、繰り返す0・25秒の途端とたんの苦しみにもがき苦しみながら、ユウキ自身もやがて息絶える。

 どんなに楽天的な道筋を思い描いても、結果的にそこに帰結してしまう。

 なにをそんなに恐れている?。 

 ユウキは自問した。

 デミリアンのパイロットに任命された時、その晴れがましさが、さわやかな匂いとして鼻腔びこうをくすぐるほどに高揚したと同時に、いかばかりかの可能性として自分の生命の終着点を予感したはずだ。

 これで死期が早まった、と——。だがそれでも前に一歩を踏み出そうと、腹を括ったはずだ。いまさら何かを恐れるなど……、あってはならない感情だ。

 

 ふいに滑るように飛んでいた機体がまるで無重力になったかのようにふわっと制止したのがわかった。軍事用の電磁パルスレーンの驚嘆するスピードから、機体が開放されてシームレスに降下動作にはいっていた。

 ユウキは正面のモニタを見つめた。

 レイのセラ、サターンは上半身だけで、イオージャを引きつけていた。ビルの陰や瓦礫がれきの合間を這いまわりながら、イオージャを誘導し、クララの機体からイオージャを引き離している。

 捕まれば自分も危ないというのに、ぎりぎりのタイミングで姿を見せて、イオージャにあとを追わせなければならない。この状態でそれをやれるのは、まさに離れ業とも思えた。手持ちの戦力でなんとかベストを尽くすレイの戦い方に、ユウキはあらためて舌を巻く思いだった。

 今度はクララのセラ・ジュピターの方へ目をやる。こちらは本当に深刻な事態になっていた。まったく起きあがることもできない状態で、地面に仰向けに倒れたままだった。そこに魔法少女たちがつどってきていた。おそらく2〜300体はいるだろうか。魔法少女が仰臥ぎょうがしたままのセラ・ジュピターの上空を舞っていた。

 ユウキはふと昔に映像学習で見た光景を思いだした。これはまるで死にかけた動物の回りを旋回している鳥の群れだ。

 魔法少女たちは、セラ・ジュピターの上空4〜50メートルの位置にいたが、そこからでもあの電撃攻撃を再び加えられたら、クララはひとたまりもない。次は稲光いなびかりとともに訪れる死に神が、クララのがコックピット内部を焼き尽くすのをとめられないだろう。


 一刻の猶予もない——。

「タケルくん。今からセラ・ジュピター救出作戦を開始する!」


「あぁ、やってくれ」

 ヤマトは事務的に返事を返してきた。そこには自分に対する危惧もなければ、逆に期待も感じられなかった。だがユウキは言外から、ヤマトの自分に対する、励ましと威圧を同時に嗅ぎ取った。

 ぎゅっと胃が縮む。

 だが、それはユウキにとって、もっとも待ち望んだ瞬間のはずだ。この程度の危機を救えなくて、どうして亜獣殲滅せんめつなどと口にできようか。

 

 その時ユウキは、ふと自分が先ほどまで何を怖れていたのかに思いあたった。

 それは自分が死ぬことでも、クララやレイを助け損ねることでも、セラ・マーズをうしなうことでもない。


 自分がヤマト・タケルの期待を裏切ってしまうことが怖かったのだ——。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る