第293話 魔法少女の群れに『SOL740』を撃ち込め

 国際連邦軍日本支部の指揮官はカツライ・ミサト中将だ——。


 ウルスラ・カツエ総司令は、そのことを心の中で再確認した。

 総司令官の自分は国連軍の各国の支部への連携や根回しが任務であって、現場の指揮は基本的にはアンタッチャブルでなければならない。


 だが、今レイ・オールマンが敵のまっただなかに、いきなり一番槍を打ち込んでくれたおかげで、自分が前面に出なければならない局面になった、と判断した。ウルスラが思わず腰を浮かしかける。

 だが、そのわずかな動きですべてを察したのだろう、ミサトが手を横につきだして、無言のままウルスラを制してきた。うしろを振り向きもせずに、アルのモニタのほうへ指示をとばす。

「アル、すぐに月面基地に連絡を入れてくれる?。そして衛星兵器からあの魔法少女の群れに『SOL740』を撃ち込むように命令して」

 ウルスラはミサトの行動に驚いて目を見開いた。

 レイの身勝手な行動で指揮が乱されたのは間違いない。いつものミサトならその行動に憤りや怒りの感情をぶちまけるか、どうしていいかわからず誰かにその指揮棒をなすりつけようとするシチュエーションだ。 

 今、ウルスラ自身も、余計なことをしてくれたな、という憤りに、頭にかっと血がのぼったくらいなのだから。だが、ミサトはその先走った行動に、なにかヒントでも得たのかだろうか、指揮権をゆずりはしない、という不退転の行動を示してきた。

「やれるのか?。ミサト」

「やるしかないでしょうが。始まっちまったものは仕方ないんだから」

 月基地の責任者とコンタクトをとっていたアルが、額の汗をぬぐいながら言い訳をしてきた。

「ミサトさん、すまねぇな。今、月基地の連中と交渉してんですが、拒否られちまってて。街ひとつ消しちまうわけにはいかねぇってことで……」

 モニタ画面のむこうにの苦慮するアルの顔をみて、ウルスラが言った。

「アル。わかった。私のほうから説得しよう」

「ウルスラ総司令、申し訳ありませんが、ぜひお骨折をお願いします」

「アル、緊急時に慇懃いんぎんなことば使いはいらん。ストレートにたのむ」

 ウルスラがすこし恫喝めいた口調で言うと、アルは一瞬とまどったのち、すぐに言ってきた。

「んじゃあ、すんませんが、月基地のわからずやどもを、ちっと怒鳴りつけてやってください」

「ああ、いいだろう」

 ウルスラが頭の中で『月基地最高責任者』と頭に思い浮かべると、国連データベースから一人の細面の男の顔が網膜にうつだされた。見たことがない顔だったが、すぐにテレパスラインでの接続を念じた。

 その男は1コールを待たず、すぐに返事をしてきた。

 正面スクリーンに映しだされた局長の顔は緊張していた。

 当然といえば当然だ。国際連邦軍の現場の最高指揮官が、月面基地局長に直々に連絡を入れてきたのだ。

「月面基地局長。ウルスラ大将だ。現在われわれは亜獣と交戦中だ。この亜獣は我々の世界の通常兵器が通用することがわかっている。軍事衛星兵器から『SOL740』砲を撃ち込んでもらえないだろうか?」

「おことばですが、総司令官。『SOL740』砲は海や山など人がいない場所用です。そんな市街地に照射しては、かなりの被害がでます」

「すでに相当の被害が出ているから、お願いしているのだがな」

「いやしかし、ひとつ間違いますと、街ひとつがまるまる消滅しかねません」

 月面基地局長はその線の細い風貌とは、うらはらにやたらに頑なだった。ウルスラはミサトの視線に気づいてそちらに目をむけた。ミサトの目には、このていどの要請もさっさと通せないのか、という非難めいた色あいが帯びているように思えた。周りをよくみるとほかのクルーも手をとめて、こちらを見守っている。

 なぜみんな手をあそばせている——。

 ウルスラは頭に血がのぼりかけたが、すぐに自分の交渉次第で、その後の行動が変わるのだから動くに動けないのだと理解した。命令さえ下されれば、すぐにそれに則した行動にとりかかれるように、スタンバイをしているに決まっているだけなのだ。

 このバカ局長を早く説得しなければ、自分への期待はすぐにでも失望に変わってしまうだろう。

「局長。わたしがすべて責任を負う。『SOL740』を上空から魔法少女の群れにむかって撃ち込んでくれ」

 ウルスラが不退転の姿勢を示したことで、月面基地局長は不承不承ながら命令に従うことに同意した。

 そのとき、レイの冷静かつ力強い声が響いた。


「『SOL740』じゃなくてもいい。下から『テラ粒子砲』を上空300メートル地点に撃ち込んで!!」

 ウルスラがレイのセラ・サターンが映しだされた映像に目をむけた。

 レイは二本目の薙刀なぎなたを手にして魔法少女の群れに、狙いをつけていた。今すぐにでも投擲とうてきできるような構えのまままんじりとも動かずに上空をじっと見つめている。

「レイ、『テラ粒子砲』はピンポイントでしか狙えないわよ。広範囲には使えないの」

 ミサトが声をあげた。

「だから、いい」

「どういうことなのよ」

 ミサトがうんざりとした声をあげたが、レイの視線の先の映像を見て声をつまらせた。 魔法少女たちが四方から蝟集いしゅうしてきて、身をよせあうようにして一箇所にかたまっていた。先ほどまで粒子のように拡散していたのに、今は狭い空間に身を寄せ合っている。

 なにが起きたのだ……?。

 驚愕した表情のミサトを横目に見ながらウルスラは目をすがめて、正面のモニタの魔法少女の映像を注視した。


 魔法少女たちの手前の空間に『移行領域(トランジショナル・ゾーン)』のベールが張られていた。幾重にもなっているのだろうか、ほんのすこしだが、魔法少女の姿が不明瞭に見える。まるで薄いオーロラが彼女たちの周りを取り囲んでいるようだ。


「魔法少女たちがさっきのレイの攻撃を、自分たちへの脅威として認識してくれた」


 ヤマトがぼそりとことばを呟くと、ウルスラとミサトのほうを振り向いて続けた。

「だから次の攻撃を喰らわないために、散り散りになって逃げるか、集結して防御を固めるか、どちらかの行動をとると、レイは読んだんだろうね……」

「は、さすがレイってとこね……」

 アスカが胸の前で腕を組んだまま、憮然とした表情で言った。

「未知の敵だからって手が出せないなら、ひとつでもその『未知』を潰して、そこから攻略方法を作り出してくんだから。アカデミーの首席なのは伊達じゃないわ……」

 声色にすこしだけ憎々しさをにじませて、アスカは言い放った。

「腹立たしいけどね」

「だからってどうしたって言うの。次、攻撃してもさっきみたいに簡単に貫けないわよ」

 ミサトが食ってかかるように言うと、ヤマトがていねいに説明した。


「ミサトさん。『移行領域(トランジショナル・ゾーン)』のベールのリソースは無限じゃない。魔法少女たちは、さっきのレイの攻撃をみて正面への防卸を強固にしているんだ」

 だが、そのあとを続けたアスカは、すこし茶化すような口調だった。

「ミサト、わかるぅ。つまり、今、この瞬間、上と下はがらあきになっているってこと。あのフーディアムに現れたあの魔法少女とおなじようにね」


 その瞬間、一気に戦略が動きはじめた。ビルのあいだで待機していた地上部隊に、ミサトは『テラ粒子砲』発射準備を指示しはじめた。そうなるとウルスラも協力を急がねばならなかった。ミサトがアルにあわただしくまくし立てはじめたのを横目に見ながら、ウルスラも月面基地局長へ『SOL740』への発射のタイミングを指示しはじめた。


 ものの数十秒ですべてが整った。ヤシナ・ミライがミサトにむかって報告する。

「月面基地『SOL740』、スタンバイ完了だそうです」

 それに呼応するように、アルが画面の向こうからミサトへ声をかける。

「待たせちまったな、ミサトさん。地上部隊、テラ粒子砲スタンバイだぜ」

 ミサトがウルスラの方に顔をむけて頷いてきた。ウルスラは、わざわざ目を合わせたりせず、脳へ直接思考を飛ばせばいいのに、とも思ったが、それが彼女のスタイルなのだろう。ウルスラにとっては、ミサトのそういう配慮が心地よく、またなんとも可愛いらしかった。


 ミサトが同時攻撃のタイミングをはかるように、目の前の巨大スクリーンの映像を食い入るように見つめた。魔法少女が一体でもおおく中央へ集まる瞬間を狙っていた。


 ミサトがくっと顔をあげて、おおきく口をひらいた。が、その瞬間、突然、狂気じみた大声が司令室内に響いた。

 エドの声だった。

「イオージャ、消失……」



「魔法少女のいる空域に出現します!!」

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