第284話 亜獣はそんな真似はしない

 緊急招集された会議室の上座に寄り添うように並んだウルスラ大将とカツライ司令官を見て、春日リンはどうにもむしゃくしゃしてならなかった。人類存亡の危機に対抗するための最重要会議だと言うのに、ミサトはウルスラにしなだれかかるような姿勢であったし、、ウルスラもそれを咎めることもなく、されるがままを許していた。

 パートナー同士であることは公然の事実ではあったが、このような場所でいちゃついていいとはならない。

 ブライトはもっとも仲むつまじかった時でさえ、仕事中に『男』の顔を見せることは絶対になかった。


 会議がはじまると、まず新しい参加者である金田日教授が紹介された。

「『素体』での参加をお許しください。本当は生身でこちらにお伺いしたかったのですがまだこちらの一件のあと処理に追われてまして」

「いえ、金田日教授、ご協力を感謝する」

 ウルスラが謝意を伝えた。

「我々はあなたが示された、地球上に満遍まんべんなく広がっている赤い斑点、人間サイズの亜獣の出現ポイントの地図を拝見しました。教授は、実際のところこの中の何体ほどが本物だと考えますか?」

「私は全部、だと思います」

 室内の空気がぞわっと動くのを感じた。

 むろん、誰もことばを発してない。それどころか誰も微動さえしていないように見える。ただ各々が『ニューロン・ストリーマ』や『テレパス・ライン』を使って、頭のなかでは大激論がかわされ、すったもんだの大騒ぎがはじまっている。リンのテレパス・ラインにも、アルやエドたちから意見を求める通信が飛込んできている。リンはその着信を拒否していたが、おそらく彼らは同時にほかの人々にもいろいろ打診しているだろう。

 その気配、それだけで会議室の雰囲気はよどんで感じられた。

「点は一万近くあると聞いている。その全部が個々の亜獣というのかね」

「ええ……。私はそう考えています」

「金田日さん。こんな場合って、おなじ亜獣が何カ所にも出現した、と考えるのがふつうじゃないのぉ」

 あまりに絶望的な金田日の考察が気に召さないのか、ミサトが暗に訂正を促してきた。

「カツライ司令。言わんとすることはわかります。私もその可能性を捨てきれず、すべての信号を精細にチェックをしたんです。残念ながらどれも、わずかにちがったシグナルを含んでました」

「ほんのわずかなんでしょ。同じものの可能性はあるんじゃない」

「カツライ司令。申し訳ないのですが、それはありません」

「どうしてよぉ」

「今回、フーディアムに現われたあの女。あれがはじめて出現した同じシグナルだったんです。最初に観測されたのは三カ月前。だから私は何かしらの脅威が迫っていると考え、SWAFの出動をすぐさま要請したわけです」

「とても賢明な判断だったと思います」、

 珍しく草薙がみずから割って入った。ふだんの彼女ならヤマトの警護を最優先するため人々の視野にはいらない場所で待機している。けっして自分から前にしゃしゃり出るような真似をすることはない。

 だが、今回は自分の管轄の事案だと判断しているらしい。

「おかげで犠牲者は最小限におさえられましたし、貴重なデータを手に入れることができました」

 草薙が謝意を述べると、金田日はそれに乗じるように逆にリクエストしてきた。

「草薙大佐。でしたら、なぜあの亜獣を通常兵器で倒す方法がわかったのか、教えていただけないですか?」

 金田日の申し出に草薙は片方の眉を動かしただけだった。それは自分の責任の範疇はんちゅうではないということを意味していたが、金田日は誰も反応してくれないことにとまどっていた。

 本来ならウルスラかミサトが議長役をかってでて、誰かに意見を求めるのが本筋なのだが、二人ともそれは誰かがやってくれるのだと思ってるのか、口を開こうとしなかった。

いつも会議を仕切っていたブライトのせいで、ほかの面々もみずから踏みこもうとしない。

 このままでは埒が明かないので、リンはヤマトへ話をふってみることにした。

「タケルくん、あなたがあの空飛ぶ女を仕留める方法を思いついたのか、金田日教授は知りたいらしいわよ」

 ヤマトはリンの投げかけに、ちょっと迷惑そうな顔をしたが渋々口をひらいた。

「説明するほどのことはないんだけどね。ここにいるデミリアンのパイロットは全員すぐにわかったしね」

「で、なぜわかったのか教えてあげて」

「あぁ」

 それだけ言うとヤマトは空中に指をはわせて、あの時の映像を呼びだした。ヤマトは指の操作で映像を早送りして、女がステッキをふるうシーンまで飛ばした。

 画面は女が『まじかるぅぅぅ』と叫んだところで、静止画に変った。

「この女の人はなにかを叫んで、あの棒を持って一回転しましたよね。そのとたんあの棒の軌跡に沿って『移行領域(トランジショナル・ゾーン)』が出現した」

「あぁ、それはわかってる」

 金田日は苛立ちを隠そうとしなかった。


「亜獣はそんな真似はしない」

 ヤマトがぴしゃりと断言した。

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