第240話 ユウキ、偵察艦へ潜入

「エンジンがない!」

 船底に空いた穴から中を覗きこんだユウキは思わず驚きの声を漏らした。


 自分たちを急襲した兵はすべて排除し、中から吹きだしていた煙もほぼおさまっていた。

あとはレイの提案通りエンジンを落とすだけだったが、そこにあったのはエンジンサイズの筒状の物体だけだった。


「エンジンがないってどういうこと?、ユウキ」

 めずらしくレイが刺々とげとげしさをにじませた口調で問いただしてきた。

「いや、レイくん、文字通りなのだよ。内部にエンジンらしき推進装置がない」

「でも、爆発して煙がでたわ。あれは何が破壊されたの?」

「わからない。エンジンの形をした大きな筒状の装置があって、そこから煙がくすぶっているのは確かだ。だがその物体のなかは空洞なんだ」


 ユウキは覗きこんでいた頭をひっこめて、船底に立っているレイの方へ顔をむけた。

 レイはエンジン部分を破壊したはずの穴をじっと見つめていた。納得がいっていないのだろう。とても気難しい表情に見えた。

 ユウキは自分なりの見解をレイにぶつけてみることにした。

「レイくん。わたしは一部に手抜きがあるのではないかと考えているんだが……」

「手抜き?」

「あぁ。ここは元々は四百年前のゲーム・フィールドの中だ。その当時の技術では、今のように完全に現実世界を模して構築できる技術や容量はなかった。だから建物や風景は『描き割り』と呼ばれる見せかけの空間、造詣物は『ハリボテ』と呼ばれる形だけの偽物で補っていたんだ。プレイヤーがプレイするフィールドやダンジョンだけが、子細に作られていれば問題なかった……」

「つまり、この船も外観から『偵察艦』と判別できれば良いだけで、その内部構造や動力源については適当に作られていると?」

「もしかしたら、この船の中は空洞かもしれない」

 レイが口元に手を運んで考え込むような仕草をした。

「いえ、それはないと思う。今さっき兵士たちが中からでてきた。つまり、彼らの居場所はあるってこと。むしろこの艦内がダンジョンのように入り組んでいないか、わたしはそちらのほうを心配すべきだと思う」

 レイにそう言及されてユウキはこれから自分に飛び込もうとする場所について、その可能性に思い至っていなかったことに気づかされた。

「ユウキ、さっさと行って。もし艦内がダンジョンになってて時間がかかったとしても、私はためらわずに外側からこの船を落としにいく」

「なぁに、案ずるには及ばんよ。さっさと敵を片づけて操舵室を奪取してみせるさ」


「別に案じてない。ただの連絡事項——」

 すげなくそう言われて、ユウキはおおきくため息をついた。

 まるで相手にされていないような感覚。ユウキは自分自身を『有能』だと信じて疑わなかったが、レイの前においてだけは、その自信がどうしても揺らいでしまう。


 ヤマトとはまったく違う資質だが、レイ・オールマンは間違いなく『非凡』だ。

 だが問題は、その非凡さが『規格外』であることだ。


「レイくん、君は君のやりたいようにやってくれてかまわんよ。私はできるだけすみやかにこの船のコントロールを奪う」

 ユウキはレイが無言のまま首肯しゅこうしたのを確認すると、穴からできるだけ離れた場所に移動した。じっと穴の中央を見つめる。ユウキはおもむろにダッシュすると、穴の中に飛び込んだ。床にからだが触れて、その上を滑っていく感触が伝わってくる。と、そのとたん、ズッと一気に重力が全身にかかってきて、その勢いがとまった。

 ユウキのからだが船の床に腹ばいになったまま動かなくなった。あれだけ勢いよく滑り込んだにも関わらず、膝下が穴から突き出していたが、とりあえずスムーズに海側のステージに移行できたといっていいだろう。

 ユウキはからだをはね上げるようにして起き上がると、その場に片脚をついて機銃を構えた。

 周りには誰もいなかった。動く影も、物音もしない。船底内部はなにかの機械が動いているブーンという低い音が響いているだけだった。

 ユウキはすばやくあたりを見渡して、先ほど兵たちが降りてきたと思われる鉄の階段を見つけると、全力で駆け上がった。数段飛ばしで一気に階段の上にまで到達する。その前にある鉄扉の前で一瞬、息を落ち着かせると、扉を勢いよく開く。

 ユウキは開いた扉の脇に身を潜めてその反応を待った。兵が一斉射撃の状態で待ちかまえている可能性がある。

 心のなかで5カウントを数える。

 なにもないのを確信すると、ユウキは転がるようにして通路に躍りでた。

 通路には誰もいなかった。

 中腰で銃を前につきだしまま、通路内部をなめまわすように見る。

「レイ君、通路にでた。特に変わった様子もないようだ。通路には敵兵もいない」

「ユウキ、異常がないなら報告は不要。マナを無駄遣いしないで。それにわたしはあなたの上官じゃない」

 にべもなくそう言われて、ユウキは口元をゆるめた。

 どうやらこのレイの合理的な思考が、自分にもずいぶん馴染んできたらしい。いや、ある意味、本来の自分を取り戻してきたと言っていい。

 レイ自身が訓練生時代の自分のナンバー1の実績など気にかけていない。それは純血度が低いという劣等感に固執しているユウキを、まるで笑い飛ばすようかのように快活ですらある。


 ユウキは二十メートルほどある通路を一気に走り抜けた。その突き当たりにある鉄扉を慎重に開くと、さらに上に続く階段を駆けあがった。カンカンと甲高い音が響くのがうっとうしかったが、今のところその音に気づいて、だれかが襲撃してくる気配は感じられない。

 ユウキは一気に三階上まであがると、そこにある鉄扉の横の壁に背中をピタリとつけた。

 この階に操舵室があるはずだった。

 ここまでは敵兵が襲ってこなかったが、この先の重要設備のあるエリアで、なんの策も講じていないとは考えにくかった。ましてや自分たちを迎撃にむかった兵が一人も戻ってきてないのだ。この場所で相応の迎撃体制をしいて、待ちかまえていると考えるのが自然だ。

 ユウキは手だけを伸ばして、ゆっくりと鉄扉をおしあけた。一斉射撃を受けた時、すぐに階下に飛び降りれるように、もう一方の手は階段の手摺りをつかんでいる。

 だが扉が半分まで開いても何の反応もなかった。怪訝に感じながらも、ユウキは扉をさらに開いて隙間から中を覗き込んだ。

 そこから見えた光景に、ユウキは一瞬目を大きく見開いた。が、悟ったようにため息をつくと、レイに語りかけた。

「レイ君。この船の操舵輪がある、艦橋までたどり着いた」

「なにか変わったことはあった?」


 ユウキは薄ら笑いを口元に浮かべながら淡々と報告した。


「いや、なにも、たいしたことは……。

 蛙のような姿をした電幽霊サイバー・ゴーストが数人の兵士に憑依ひょういして、残りの兵士全員を喰い殺している以外はいたって正常だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る