第235話 純血が0.03%足りてない者

 下半身を元通り再生したあとも、ユウキは口を開こうとしなかった。


 レイは、なぜ、ユウキが不気嫌そうにしているのかわからなかった。『 』くうはくが表にでてきたおかげで、どうやってか、しっかりとドラゴンを倒していたのだ。機嫌を損ねる理由はないはずだ。

 生け贄になってくれるように最初に断りをいれたし、その時に減るであろうポイントもあらかじめ付与しておいた。さらに言うならレッド・ドラゴンに噛みつかれて動けないユウキを自由にしてさえあげてるのだ。


 レイはおちて行くドラゴンの右の翼の付け根に足をかけたまま目を下にむけた。

 戦鑑の船底がみるみる近づいてくる。

 ユウキの気嫌うんぬんに拘泥こうでいしている場合ではなかった。


「ユウキ、しっかりつかまってて。激突する!」


 レイがドラゴンの左の翼の付け根を掴んでいるユウキに声をかけると、やっと口を開いた。

「わかっている。ぬかりはない」

 その返事が届くか届かないうちに、ドーンという大音響とともにドラゴンの死骸が船に激突した。

 ぐらりと船が大きく傾く。

 この船のなかにもし乗組員がいたとしたら、この衝撃は予想外のものだろう。いきなり下から船底が強烈な力で突きあげられたのだ。なにが起きたかわからずに、右往左往しているに違いない。

 船底にレッド・ドラゴンの体が完全におおいかぶさった。これでこの船は海の方へ下降したくても、船底からドラゴンの重量を受け続け、下からずっと持ち上げられる形になる、

 正直、これで目的のほとんどは達成した——。

 レイはそう思った。もうこの船はあの尖塔に近づくことができない。

 一瞬、そのまま戻ろうかとも思ったが、やっぱりもうひと手間を惜しまず、落としておくべきだと考え直した。

 皆の前で船を沈没させると啖呵たんかを切ったのだ。やり遂げなければならない。


「ユウキ、船に乗り込む!。手伝って!」

「待ちたまえ。レイくん。甲板に足をつけた瞬間から、こちらは海ステージ側のプレーヤーに変更になってしまう。危険だ」

「でも、乗り込まないと、この船は落とせない」

 ユウキがなにかを逡巡しているのが気にいらなかった。

「危険でない任務はやらない主義?」

 自分でもすこし底意地の悪い言い方だとわかっていたが、どうにもユウキの慎重すぎるな態度がもどかしかった。いつもの俊敏さはどこにいったのだろうか。

 その大胆な行動力や決断力にいちもく置いているのはヤマトだけではないと言うのに、まるで借りてきた猫のような姿は気にいらない。


 ふと、むかしアカデミーで、龍リョウマとかわした会話を思いだした。たしかあれは微妙な判定でユウキが負けた時のことだった。


「ユウキが負けってどういうこと?。彼は勝ってた」

「審判のみたてだ。仕方がない」

 龍リョウマがことを荒だてしまいと、レイにむかって両手でなだめる仕草をした。

「AIの判定をみて!。ユウキの有効打が速かった」

「あぁ、そう見えた。だけどしょうがないよ。先生が……、人間の審判が、その有効打を『クリティカル』ではないと判断したのだから……」

「それはおかしい。ユウキは異議を申したてるべき」

「は、レイ。それは無理ね」

 シミュレーション・ブースからでてきたアスカが、ヘルメットを脱ぎながら言ってきた。

「アスカ。対戦相手のあなたならわかってるはず……」

「勝ちは、勝ちよ、レイ。もしあんたの言うように誤審があったとしてもね!」

 アスカのつよい抗弁にレイは気づいた。

 この一勝でアスカは地球行きパイロット選考のトップ3におどりでた。彼女が正直に負けを認めるはずがない——。

 アスカがヘルメットを脱ぐなり、押し込まれて絡まっていた髪の毛を振りほどくように、頭を左右にふりながら言った。

「しょせん『クロロ』はそういう血筋ってことでしょうが。あいつにもわかっていたはずよ。毛ほどの差なら、血筋にまさるあたしが優位だってことを」

 レイは対戦側のシミュレーション・ブースから出てきたユウキに目をむけた。彼はちかくのクラスメイトたちに声をかけられていた。友人たちは口々に気づかいや遺憾のことばを投げかけているようだったが、レイには社交的な辞礼以上のものは感じられなかった。

 むしろ友人たちの顔に浮かんでいるのは、安堵や愉悦が強いように思えた。


 ユウキが負けて、みんな喜んでる?

 ユウキもその心情をわかっていながら、周りの人々たちに笑ってみせているように、レイには思えた。リョウマが言った。

「ユウキには申し訳ないけど、純血が0・03%足りてない者が、デミリアン・パイロットに選抜されることを誰もこころよく思ってなんかない……」

「ぼくらも、先生たちもね……」

 レイはそれを聞きながら、ユウキが無理につくっている笑顔を忘れられなかった。


 そんなことをまさか、まだ気にしてる?。


「ユウキ、あなた、このあとの作戦、なにか考えがある?」

 ユウキがとまどったような表情をうかべた。

「いや、なくはないが……」

「じゃあ、教えて。戦略を練るのはわたしの専売特許なわけじゃない」

「レイくん、そう言われても、アカデミーの実戦の主席の君になにか言うことなど……。今もあっという間に船をとめてみせた」

「血筋やアカデミーの成績が関係ある?」


 レイはユウキの遠慮がまどろこしかったが、早く彼の呪縛をときはなってあげなければ、亜獣戦で必ず手痛い失敗をおかすと確信した。その時は命をなくすだろうし、こちらにとってもまたワンランク戦力ダウンをしいられる。

 レイは空に手をつきあげて上を指さした。

「ユウキ、この船をあの海へ沈めるための作戦を聞かせて」


「もしそれが本当にいい作戦だったら、わたしはあなたに従う」

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