第232話 あのエリアには陸地がない

「どうして?」


 ヤマトがくだした命令に、レイは静かな抗議をこめて問うた。

 それはレイには納得がいかなかった。ひとりでも船を沈められる自信があると言っているにもかかわらず、ヤマトがユウキと一緒に行動するように命じたからだ。

「どうしてユウキと一緒にってことかい?」

「いいえ、ユウキはどうでもいい」

 そう答えたとたんユウキが苦笑にがわらいするのが見えたが、レイはかまわず続けた。

「どうしてタケルは、二人の方が有利だと思うの?」

「海のステージのルールでは、目の前にあらわれるカーソルに瞬時に反応して武器をふるわねばならない」

「ええ聞いたわ。リズム・ゲームみたいなものでしょ」

「だが、これは一人でやる必要がないんだ」

「どう言うこと?」

「初期ステージでは正面に四方向のどちらかが指示される。ステージがあがるとどんどん選択肢が増えて、最後には九方向にまで広がる。かなりやっかいだ」

「それでも、わたしはやれるわ」

「だけどもし四人いたら、最初の四方向の戦いは全部勝てるんだ」

 レイはそのルールの特徴に気づいて、おもわずヤマトの目を見つめた。

「タケルぅ、つまり四人が四方向にバラバラに剣をふるったら、どれかがあたるっていうわけぇ?」

 アスカがたまらず口をだしてきた。

「アスカ、口をはさまないで」

 レイはアスカを牽制けんせいした。

「な、なによぉ、だってヤマトの、言いたいことはそーいうことでしょ」

「この海エリアの特徴は、パーティーが大きくなればなるほど有利になるんだ。さっきのクラーケンやリヴァイアサンは本来、百人くらいのパーティーで一斉に戦う、ボスキャラなんだからね」

 レイに叱責されて気をわるくしていたアスカが、たちまち得意満面な顔つきになった。

「は、あたしはそれを一人でやっつけたわ。しかも二体同時にね」

「あぁ、あれはすごかった」

 ヤマトが誰よりもはやくアスカに賞賛のことばを送った。レイはふだんのヤマトらくくないものいいに異和感をおぼえた。


 たぶん、なにかたくらんでる——。

「わかった。戦いを有利にすすめられるのだったら、ユウキと一緒でかまわない」

 ヤマトはほっとしたような顔で笑ったが、そのうしろのユウキはこころなしか不満顔だ。

「じゃあ、ユウキ、レイと一緒に海側エリアに移動して船を沈没させてくれ。ぼくとクララは『ドラゴンズ・ボール』奪取のため、あの塔を攻略する」

「ちょ、ちょ、ちょっとお、タケル、あたしは?。あたしはどうするのよぉ」

 ヤマトはアスカの手をとると、ぎゅっと手のひらを握りしめた。

「アスカ、君はここで待機して、全員の命を守ってほしい」

「いやよ!」

 アスカはすぐさま反駁はんばくした。あたりまえの話だ、とレイは思った。アスカの性格を考えれば、今度もお預けをくらわせられて、おとなしくしているはずない。

「アスカ、聞いてくれ。海エリアに潜入するレイとユウキだけでなく、実はこちらの平原エリアのぼくとクララもとても危険なんだ」

「は、だったら、あたしも一緒に危険に挑ませてよ!。あたしはさっきから、戦いがあらかた終わったあとで、盛大な後始末あとしまつをさせられてるだけじゃないのぉ」

「ちがうよ、アスカ。ここはきみ以外には頼れないんだ。ぼくらは空をとんであの塔にむかうけど、万が一、海のなかに落ちるようなことがあったら、その瞬間にぼくらもレイたちと同じ海側ステージ側に放り込まれる。もしそうなったらそれで万事休すだ」

「なぜよぉ?」

「自力で元に戻すことができないんだ」

「は、できるでしょ。たしかこっち側の地面にタッチすればいいだけ……」

 そこまで言って、アスカはヤマトの言いたいことに気づいたようだった。すぐに海の上に広がる空、こちらの突端からみたら深淵になる空間を見あげた。

「あのエリアには、タッチができる陸地がない……」

「アスカさん、わたしからもお願いしますわ。ぜひこちらに残って、わたしたちの救護にそなえていただけないかしら」

 クララがじれったそうに言った。こういう時に結論をいそぐと、またアスカがヘソを曲げるのに、とレイは思ったが、驚いたことにアスカはすぐに白旗をあげた。

「わかったわよ。国連軍が迫ってるんから時間もあまりないんでしょ。あたしがみんなを守ってあげるわよ。まったくあたしがいないと、人類もあんたらも、なんにもできないんだから」

 ヤマトの顔が目に見えてほころぶのがわかった。いつもなら相当の時間ごねられることを覚悟するべきシチュエーションだ。レイにもヤマトの心中はよくわかった。

「アスカ、頼んだよ」

「えぇ。いいわ。サッサとおわらせて帰りましょ。あたし、相当眠たいのよね」

 レイは思わずふきだしそうになった。アスカがここで意固地にならなかったのは、単に早く終わらせて眠りたい、という生理的欲求ゆえだったのだ。

 ヤマトが自分の口元に手をやりながら、全員に目配せをした。

「みんな、正体がバレないように、すぐに顔を隠せる用意をしておいてほしい。バーチャル世界とはいっても、この『グレーブヤード・ウェブ』で、国連軍とやりあったのがボクらだと知られたくはない」

 そう言い終えると、ヤマトの頭と口元が覆面のようなものにおおわれた。立ち姿は侍なのに、覆面に隠された顔は忍者のような出で立ちになっている。

 それにユウキが続いた。ユウキは目から鼻にかけて顔の上半分のみを覆うハーフマスクを身につけた。それは仮装舞踏会で使われる「コロンビナ」と呼ばれるヴェネチアン・マスクで、騎士姿とはしっくりと馴染んで見えた。

 クララはおなじ仮装舞踏会のマスクのフルマスクを選択していた。のっぺりとした白い顔に、真っ赤な紅をひいた唇のマスク。黒くぽっかりあいた目の穴からクララの目だけが覗く。美人を模したものなのだろうが、とても不気味だった。だが貴婦人のようなクララのコスチュームとは妙に親和性が高く感じられた。

 レイは自分のエプロンドレス姿に、なにをあわせたらいいか皆目見当がつかなかった。ドレス姿は馴れていないし、ふだんからコーディネートに興味がないのだから当然と言えば当然なのだ。レイがまごまごしていると、横からアスカが口を挟んできた。

「レイ、なにやってんの!。できないなら、あたしがやったげるわよ」

 そう言うなり、アスカがレイのからだの表面を撫でるように、手を滑らせた。

 最初に髪の毛がどんと下に伸びた。うしろに視線をむけると、腰を通り越して地面につきそうなほどになっている。ずっとショートカットだけだったので、レイは自分の見慣れない姿にすこし驚いた。次は目元に丸縁のメガネがかけられた。レイは眼鏡の縁を触ってみた。顔に比してすこし大きい——。

 レイがアスカに文句を言おうとすると、うしろに垂れていた髪の毛がしゅるしゅると巻き上がり、まるでマフラーのように首を取り巻きはじめ、マスクのように口元をおおい隠していった。

「はい、これでどう?」

 アスカが自信あり気にレイに言った。レイはそれが似合ってるかどうかはわからなかったが、しっかりと素性は隠せるので、それでよしとすることにした。

「ん。いい」

「でしょぉ。レイ、あんたかわいいわよ」

 一周まわって上機嫌になったアスカの態度に戸惑ったが、その意図を考える前に、ヤマトが声をかけてきた。

「よし、もし国連軍と遭遇したら、このスタイルを発動して、すぐに素性を隠せるようにしてくれ」

 ヤマトが指をふって、レイとユウキには崖下を、クララには海の上を指し示した。

「ちょっと待って、タケル。あんた、そんなしょっぼいポイントのまま、危険地帯にいくつもり?」

 アスカがヤマトを呼び止めると、ヤマトは素直に自分の数字を確認しようと、目をうえにむけた。

 数字は17000ポイント——。

「タケル、あたしのを分けたげる」

 アスカは自分の頭の上の数字の一部をつまむと、そのまま自分の唇のうえに近づけてから、ふっと吹いた。数字がまるで煙のようにたゆたうと、ヤマトの顔に吹きかかった。その途端、ヤマトの数字が一気に『30000ポイント』積みあがった。ヤマトはすこし照れくさそうな顔をしながら、自分の頭のうえの数字を確認した。

「あぁ……。アスカ、助かるよ」


「どういたしまして!。タケル」

 アスカは軽く頭を横にかたむけてから、にっこりと微笑んでみせたが、目はクララのほうを向いていた。だが、レイには向いているというより、にらみつけているように見えた。

クララがその視線に気まずそうに笑いかえした。

 レイはその光景になんとなく不安を覚えた。

 クララは怖くはないのだろうか………?。


 わたしがクララの立場だったら心配でたまらない。

 いざという時、本当にアスカは救いの手をさしのべてくれるだろうか……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る