第231話 今度は私が落とす番……

「ユウキ、どうなってる?」


 レイから報告をうけて崖の突端に集合した五人は、崖の下に突如現れた『国際連邦軍』の船に見入っていた。ヤマトはこのサーバーに存在するはずのない『兵器』が現れたことに心底驚いた。それと同時にユウキに裏切られたのではないか、という疑念も浮かんだ。

 だが、なんの証拠もなくユウキを責めていいわけはない。

 だから、ヤマトはどうとでも解釈できるような質問をユウキにぶつけた。

「タケルくん。どうなっている……とは……どういう意味だろうか?」

 ユウキは戸惑ったような表情をヤマトにむけた。

 さすがだ……。

 あれは自分ではない、ともし抗弁されたら、ヤマトは、ユウキにめられたと、確信しただろう。意味がわからない……が正解だ。

「あの『兵器』はこの場所に存在するはずがないものだ。どうしてここに存在しているのかわかるか?」

「どうして……。技術的なことで言っているのなら、おそらく各地に分断されて散らばっている旧型ニューロ・サーバから『アプレット』と呼ばれるプログラムの『部品』をかき集めて再構築したのだろうと思う。われわれが手にする武器も同様の『アプレット』ででき上がっているが、あれだけの大きさとなると『リソース』も膨大になるはず……」

「ちょっとぉ、ユウキ、あんた、なにを言っているかちっともわからないわよ」

 専門用語が飛び交いはじめたのにいらついたアスカが、ユウキに抗議した。

「つまり、軍のどこかの部隊が、このような状況を想定して、旧型サーバーを航行できる兵器を用意していたということだよ。たしか『マイニング』と呼ばれる作業で、コツコツと『リソース』を集めないと『マテリアル』は揃わないから、相当前から用意されていたと考えるべきだろうね」

「なぜ、ここがわかったの?」

 レイがぼそりと言った。まさにヤマトが訊きたかったことだったが、こちらから詰め寄らずに済んだのは有り難かった。

 ユウキはその質問に、くっと顎をもちあげて姿勢をただして、ヤマトのほうをむいた。

「タケルくんには打ち明けていたのだが、実は『ドラゴンズ・ボール』をここに転送したことは、カツライ司令には報告してあったのだよ」

「ちょっとぉ、なんでチクるわけぇ?」

「アスカくん、人聞きがわるいな。それが我々の任務だったのだ。軍人なのだから報告義務は果たさねばならない……。だが、まさか、こんなに早く回収に乗り出してくるとは……それは誤算だった」

「いや、それは想定済みだった。だからぼくは当日のうちの回収作戦を強行したのだから」

 ヤマトははからずもユウキの行動を弁護することになった。頭のなかからはユウキが謀略を巡らせていたのでは、という可能性は否定できずにいたが、同時に彼が吐露とろしたように、相手もしたたかだった、という解釈もまちがいではない。

「で、これからどうするんですの?」

 クララが心配そうな顔のまま提言してきた。彼女自身も報告した側の人間として、すこし負い目があるのかもしれない。


「あの船、沈めていい?」


 ふいにレイが言った。あまりに突拍子もないことばだったので、みな一瞬、顔を見合わせたが、アスカがみんなを代表するように異議を唱えた。

「あんた、ボカぁ!。どうやって沈めるのよぉ」

「あれは船でしょ。船だったら、どんな船でも沈められるはず……」

「まーー、そりゃ、レイ。たしかだけど……」

 いきおいよくあおったアスカだったが、レイの正論にたちまち黙り込んだ。

「どうやって沈めるつもりなんです?」

 クララがアスカが消沈したのを受けて、すこし前にしゃしゃりでてきた、

 レイは中空を操作して、双眼鏡にロックオンさせたライブ映像を目の前に投影した。

「船は5000メートルほど下にいる。ここから飛びおりて乗り移ればいい」

「ちょっと待ちなさいよ。そこで船を沈めたら、この谷の奥底まで一緒に落ちてくじゃない。もう戻ってこれないわよ」

 気を取り直して、アスカが再度、レイに因縁をつけはじめた。

「ちがう、アスカ。こちらからは下は谷底だけど、あちらの船からすればあそこは空。もし船を沈めたら、こっちの海に落ちる」

 そう言いながら、レイが上空の海を指さした。それにつられるように、皆、頭上に広がる海に目をやった。

 そこまで言われてアスカもその可能性に気づいて、ヤマトの方をむいた

「タケル、そんなことできるの?こちらの世界からむこうの世界にのりかえるなんてこと」

 ヤマトはレイの洞察力におどろいた。可能性として充分ありうると、頭をよぎることがあったとしてもそんなルールで『ゲーム』が動いているとは、なかなか確信できないものなのだ。それをこともなげにその可能性に言及してみせた。

 ゲームの達人だからこその判断力なのだろう。

「ああ、このステージはさかさまの世界の方へいくことが可能だ」とヤマトは答えた。

「タケルくん、どのようにすれば行けるのかね」

 ユウキが意気込んで訊いてきた。すこし前のめり気味に感じられる。さきほどの疑念を少しでも晴らそうとでもしているのかもしれない。

「簡単だよ。あの船の中に乗り込めばいい」

「乗り込めば?」

「ああ、それだけでこちらの世界から、反対側の世界へステータスが変更になる。その瞬間から海が下になるんだ」

「じゃあ、さっさと飛び乗りましょうよ」

 アスカが新しい展開に気分が盛りあがってきたのか、積極的に提案してきた。一撃でクラーケンとリヴァイアサンを仕留めたことで、海のステージは自分のスキルと相性がいいと感じたのだろう。だがヤマトはアスカに厳しい口調で言った。

「簡単じゃない!」

「ど、どういうことよぉ……」

 冷水を浴びられるように言われて、案の定、アスカは口をとがらせてすねてみせた。だが、ヤマトはそれを無視してレイを見て言った。

「さっきも言ったと思う。海側にいけばまったくちがうルールに変わる。今持っているスキルや武器がうしなわれたり、変容したりするんだ」

「そーいや、リズム・ゲームになるとか、なんとか言っていた……」

 あからさまに無視されたと感じたのか、アスカがぶっきらぼうに言ってきたが、それをさえぎるようにクララが質問をぶつけてきた。

「ポイントは?。ポイントはどうですの?」

「ポイントは大丈夫だ。それはこの世界のすべての基軸になるものだから変わらない」

「そう。わかった。じゃあ、わたしが飛び移る」

 レイがこともなげに言った。

「こっちの海に落とせばいいんでしょ。その間にタケルたちは、あの塔をめざして、『ドラゴンズ・ボール』を手に入れてくれればいい」

「ひとりでは無理がある」

 ユウキが異義を唱えると、すぐさまクララも追随した。

「そうです、レイさん。何人かで行ったほうが……」

 レイはひとさし指を前につきだすと、クララのくちびるに指をおしあてて黙らせた。レイにはとてもめずらしい、恐喝じみたジェスチャーにヤマトはすこし驚いた。


「クララ。あなたはこちらの世界にいて……」


「あなたはもうすでに今日、わたしを一回落としている。今度は私が落とす番……」

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