第213話 このVRサーバーは独自のルールが存在する
ユウキは一瞬、みんなを心底怖がらせてやりたいという衝動にかられた。
ヤマトからの依頼はどうやっても初見の者にはゾッとするものだ。それを説明なしに見せろというのだ。少々ショッキングな経験はしかたないという含みがあると読むべきだろうか。ならばその意図にとことん沿ってみるべきか。
だが、ユウキはすぐにその考えを振り払った。行きすぎた
ユウキはすぐそばに近寄ってきた化け物にむけて、自分の左腕前腕を掲げてみせた。この腕を狙え、とばかりに前につきだす。
「なにやっているのよぉ。ユウキ、あぶないじゃないの!」
ユウキが無防備な姿を
「アスカ、大丈夫。黙ってみていて……」
「このサーバーはゲーム・サーバーだったなごりで独自のルールが存在する。この世界で一番重要なことは、頭上に浮かぶライフポイントの『マナ』の数字。目の前で起きることに惑わされず、マナの数字こそがすべてだって頭にたたき込んで……」
「では、そのマナが多い人には絶対かなわないってことなのですか?」
クララがヤマトの説明が終わらないうちに訊いてきた。不安に押し潰されそうな顔色をしている。自分の数字がほかの人よりすくない、というのが、彼女の焦りにつながっているのは間違いない。ユウキはクララに助け船をだした。
「違うよ、クララくん。自分の目で見ていることに騙されるな、ということをタケルくんは言いたいんだ」
「自分の目で見ていることに騙されるな?。どういうことですの?」
クララが眉根をよせて。ユウキに強いまなざしをむけてきた。
ユウキはニコリと余裕の笑みを浮かべて言った。
「こういうことだよ」
そう言った瞬間、ユウキの正面にいた化物が手にした
アスカの「あぶない!」という声が聞こえたときには、ユウキの左腕は化物の刃に切り落とされて、ボトリと地面に落ちていた。ユウキは一瞬顔をしかめたが、すぐさま右手にもったサーベルで化け物の腹を貫いた。化け物のからだが黒い煙となって霧消する。
ユウキはサーベルを
レイはあいかわらず無表情だったが、すこし首をかしげている様子で、すくなくとも目の前でおきた事象に、納得だけはいっていないようだった。
「アスカくん、クララくん、だからタケルくんが、見ていることに騙されるな、と言っていただろう」
「みんな、ユウキの腕の数字をみてくれ」
ヤマトが転がった腕へ注意を促した。切断された左前腕の上の空間に文字と数字がうっすらと浮かびあがっていた。
「ヒット200・接着50・再生300」とあった。
ユウキはもったいないかなと一瞬
ユウキが『再生』とつぶやいた。
そのとたんユウキの腕の切断面から
あっと言う間にユウキの腕は再生し、化け物の攻撃で切断された事実などなかったかのうように元に戻った。ユウキは手のひらを
「この世界では現実世界の物理的制約はない。腕を切られようと、首を落とされようと死なない。ただ数字が減るだけだ。元にもどす時もおなじ、数字が減るだけだ」
「そうだね、タケルくん。おかげで私は腕を斬られて200、腕を再生するのに300、合計500も『マナ』を減らしてしまったよ」
「ユウキ。すまなかった」
ヤマトはそう言うと、自分の頭の上にある数字に指を突っ込んで一部をつまむと、そのままユウキの頭上にむけて投げつけた。すぐにユウキの頭上の数字に600が加算された。
「お礼も含めて、そちらに戻しておくよ」
「いや、そういう意味で言ったわけでは……」
ヤマトのあまりにもすばやい手配に、ユウキは面喰らってことばを続けられなかった。女性陣へのこの『プレゼンテーション』をみずから買って出なかったのは、自分のポイントが減るのを嫌がっているのか、と心の片隅に
「そうだ、タケルくん。やられたとき『痛み』はまったくないのだが、それなりの『衝撃』を感じる。ダメージ相応の負荷があることを前もって覚悟しておくよう、伝えたほうがよさそうだよ」
ヤマトはそのことばに
「この世界では、現実では死んでしまうと思えるダメージ、たとえば心臓を貫かれる、首を
「タケル。いまさらそんなこと感じない。わたしたちは、そんなことに影響されない訓練をうけてきている」
めずらしくレイがすばやい
「レイ。残念だけど、それはぼくらが受けてきた訓練や鍛練の
レイはそれ以上なにも言わなかった。ヤマトが話を続けた。
「みんな、自分のマナの数字から絶対に目を離さないでほしい。このライフポイントがある限り、ぼくらはこの世界で何でもできる。空を飛ぶこともできれば、強力な武器や魔法を創造することもできる……」
「ちょっとぉ、タケル。じゃあ、数字がもし無くなったらどうなるのよぉ」
それまですこし意気消沈気味だったアスカが口を挟んでくると、間髪をいれずレイがまるで
「死ぬの?」
レイのことばはまるで真実のように思える響きを帯びていたので、ヤマトはあわててそれを修正した。
「いや、それはない。だが、マナを完全にうしなって『強制マインド・アウト』された場合、脳の機能の一部を欠損する可能性がないとは言わない。その部位によっては最悪の事態もありうる……」
「う、嘘でしょ」
「それくらい
そこまで言ってタケルがユウキの胸をぽんと軽く叩いた。
「サポートを頼むよ、ユウキ。いいね」
心から信頼しているような仕草をヤマトからむけられて、ユウキはとまどった。
そうなのか、そういうことなのか——。
まだヤマトの試験は続いている。
自分はまだ信用を勝ち得ていないのだ。
ここにいたっても、まだ信頼しきってもらえない自分に歯がみする思いが突きあげてきた。いや——、だが、今は試験の真っ最中であってまだ「不合格」になったわけではないではないか。
むしろ、最終面接にまでこぎ着けた、と前向きにとらえるべきだ。
ユウキは胸を張り顎をすこし持ちあげて、自信に満ちあふれた姿を装ってから言った。
「任せてくれたまえ。わたしが身をていしてサポートさせてもらうよ」
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