第214話 わたしたちも変身できるの?

 ひととおり説明が終わったところで、ヤマトが言った。

「さあ、次の階層に行く。次は三人にも電幽霊サイバー・ゴーストと戦ってもらう」

 時間は切迫していると聞いていたが、いくらなんでも無茶がすぎるとアスカは思った。

「ちょっとぉ、タケル。いきなり戦えって言われても、無理にきまってるじゃない」

「いや、みんななら戦えるし、やってもらわねば困る」

「だって、どう戦えばいいか知ンないのよ。あたしたち」

「ここにはチュートリアルなんてない。ぶっつけ本番で学んでもらうしかない」 

 そう言うなりヤマトが手のひらを前につきだして、ぐっと握りしめた。

 その瞬間、光がひらめいて手には日本刀が召喚されていた。そのソードを握りしめた右腕から、からだにマッピングされるようにプロテクタが張り付いていく。あっという間に戦国時代の『武将』のような出で立ちに変身していた。

「ほう、タケルくんは、侍かね」

 ユウキが感じ入った様子で意見を述べた。

「あぁ。最後の日本人だからね。ここでもそれを貫かせてもらう」

 その姿をみながら、レイが言った。

「わたしたちも変身できるの?」

「きみたちの分のアバターは、ぼくが勝手に設定させてもらった。やってみて」

 レイは手を前につきだして、ぎゅっと手のひらを握りしめた。そのとたん、レイのからだがぼわっとした明かりに包まれた。ピンクがかった薄ぼんやりとしたもやのような明かり。

 それがパーンと霧消すると、レイはメイド服のようなエプロンドレスを着ていた。必要以上の装飾は廃しながらも、かわいらしさを強調したデザイン。清涼感あふれるシルエットは、なぜか妙にレイにフィットして感じられた。今までレイのスカート姿は見たことがなかったので、アスカにはなおさら新鮮だった。だが、その手には幾何学的とも言えるデザインの左右不対称アシンメトリーな大剣が握られていた。剣は自分の背丈よりあきらかにおおきく、しかも分厚い刃が両面に配置され、その中央には放電か発火しそうな入り組んだ配線の装置が埋め込まれている。

「ちょっとぉ。これ、タケルが選んだのぉ」

 アスカは口元を尖らせて、不満をあらわにしてみせた。

「すまない、アスカ。元々の作戦でもこのサーバーに来る手筈だったから、あらかじめ用意していたんだ。ただ、想像以上に深い階層で使うことになるのは予定外だったけど……」

「なによぉ、タケル。なにも文句言ってるわけじゃないわ。タケルが選んだアバターなんだから、文句なんか言うつもりはないし……」

「だったら……」

「タケル、気遣いは無用よ。アスカは、わたしの格好が気に入らないだけ」

「はん、そんなことないわよ。だいたいそんなでかい剣、振り回せるわけ?」

 レイはアスカが挑戦的な軽口を叩き終わる前に、ぶんと刀を振って見せた。まるでテニスラケットでも振っているかのように軽々と。

「問題ない。とてもしっくりくる」

「はん、よかったわね。あつらえたみたいにぴったりで」

 アスカはレイの衣装も武器もおそらくレイ向けに、ヤマトが入念にカスタマイズしたものなのだろうと、すぐに感づいた。気分がすこし滅入る。

「じゃあ、タケル。あたしのも当然用意しているんでしょうね」

「あぁ。もちろんだとも。すぐにまとって見てくれないか」


 アスカはさきほどヤマトやレイがやってみせたように手を前につきだした。まず最初にその手に宿ったのは、やたらごてごてとした装飾がほどこされた錫杖しゃくじょうだった。その杖を起点として光がからだを走り抜けていき、からだに端切れの布がまとわりついていく。その端切れ同士は横の端切れにふれると、継ぎ目のない大きな布に変わり、アスカのからだを徐々に『服』となって包み込んでいった。

 アスカはケープのように広がったハーフのコートを肩から羽織はおり、その頭には王冠のようにも見える派手で豪華な造りの帽子を戴冠たいかんしていた。遠めにはナポレオンの服装にも似た軍事色の強いシルエットを彷彿ほうふつとさせたが、愛機セラ・ヴィーナスとおなじ濃いピンク色を基調にしているため、全体としてはフェミニンな印象を受ける。そのうえ、コートの下はボンテージと思えるほどピチピチの服で、アスカのおおきな胸のラインを強調してみせ、さらに『女』を前面に押しだしていた。

 変身が終わったあとも、アスカは自分がどんな格好して、なんの『役職』を担うのかがわからず、目をぱちくりとした。

「ちょっとぉ、タケル。こんなのが趣味なのぉ」

「アスカ。趣味ってなんだよ」

「だって、これかなり個人的な嗜好しこうかたよりすぎでしょ」

「それは誤解だ。きみの役割は『魔導士』だからね」

「まどうしぃぃぃぃ。これがぁ?」

 あまりにも自分のイメージとかけ離れた姿をさせられ、アスカは裏返る勢いで抗議の声をあげた。

「アスカ、きみには後衛こうえいをお願いする」

「ちょ、ちょっとぉ、後衛って……。あたしにうしろのほうでちまちま戦えってこと?」

 とても納得がいく役職ではなかったので、アスカはヤマトに食ってかかる勢いで詰め寄った。が、ヤマトは気持ちいいほど、屈託のない笑顔で言った。


「アスカ。ここでならなんのためらいもなく、ぼくはきみの『盾』になれる」


 アスカの頭にすぐに「ずるい!」ということばが浮かんだ。

 タケルはいつもそんな風にこちらの隙をついてくる。タケルと出会ってから、自分は何度「ずるい」と心のなかで反芻はんすうしただろうか。


 でも、どこかでその「ずるさ」を待っている自分がいることにも気づいていた。


「ふん、わかったわよ。今回だけは、あたしがタケルに守られてあげる」

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