第196話 臨時代理の捷瀬美聡(かつらいみさと)中将です

「待たせたね」


 その時、駐機スペース内に大きな声が響きわたった。

『ずいぶん古くさい人種だな』

 ヤマトは脳内へ直接語りかけずに、わざわざ拡声器をつかってきたことに違和感を覚えた。声を響かせることで己を大きく見せようとしている印象に、ブライトとはまたちがう姑息こそくさを感じた。

 船のハッチがひらき、タラップがせり出しはじめた。

 降りてきたのは、にこやかな笑顔の女性だった。そのうしろに屈強な男性を従えていた。

二人がヤマトたちの近くまでくると、ミライが二人を紹介した。

「こちらが、ブライト司令官の臨時代理の捷瀬美聡かつらい・みさと中将です」

「うふぅん、しばらくの間、指揮をとらせてもらうカツライ・ミサトよ」 

 ミサトがすこし鼻にかかった甘ったるい声で自己紹介した。とたんに国防軍のスタッフの緊張がゆるんだのがわかった。

 ミサトはヤマトたちパイロットのほうに歩み寄るとにっこり笑って言った。

「あなたたちにはフランクに、ミサトって呼んで欲しいわ」

「じゃあ、ミサト。あんたいつまでここにいる予定?」

 待ち構えていたかのようにアスカが噛みついた。

「あぁ、龍アスカ少尉ね。今回のお兄さんの件、残念だったわね。でも元気そうでよかったわぁ」

「おためごかしは結構よ。あたしはいつまでいるか聞いてんの」

 ミサトは唇の下に人さし指をあてると、すこしあひる口になるようにおさえつけながら思案するポーズをつくってみせた。

「そうねぇ……」

 男なら心をとらえられる、じつに可愛いげのあるしぐさだった。

 いつのまにかそのしぐさに見入っていることに気づいて、ヤマトは自分でも驚いた。ふとアスカのほうをみると、たちまち顔色が曇っていくのがわかった。彼女の顔に浮かんでいるのは、おそらく警戒と嫌悪の色。『女』を自然に立ち居振る舞うミサトの性来の才覚を感じとったにちがいない。


 ヤマトはいつものように第一印象をミサトにあてはめてみることにした。

 見た目だけでいえば春日リンと同じくらいに感じられたが、リンの究道者のような整った所作とは正反対だった。


 ミサトには華があった。

 いつもはシニカルに相手を値踏みするヤマトでも、そのコケティッシュな表情やしゃべり方に知らず知らずについ採点が甘くなる。


「素直」「丁寧」「やさしさ」


 これは彼女の本質をとらえているのだろうか。ヤマトにも自分のつけたラベルの精度に自信がもてなかった。

 そもそも、そんなに甘ったるい人間がここまで登りつめられるわけがない。

 ひと思案しおわったと言わんばかりに、一呼吸おいてミサトが答えた。

「安心して。輝が退院するまでよ」

「ひかるぅ?」

 アスカが曇った声で、ミサトの言葉尻をとらえた。

「ごめんね。まちがえちゃった。ブライトが退院するまでよ」

 わざとだ。

 ヤマトはミサトの意図を看破した。その時のミサトの視点の先に春日リンがあったことを見のがさなかった。ミサトがブライトとどういう関係にあったか、あるいはあるのか知らなかったが、もう一枚『戦略家』とラベリングすることで、自分をいましめることにした。

「こんなとこ長居するつもりはないわぁ」

「それ、どういうこと?」

 ヤマトもいまの物言いには一瞬カチンとしたが、だれよりも先にレイが反応した。

「あらぁ、レイ・オールマン少尉。気を悪くしちゃった?」

「ミサト、あたしだって今のは聞きのがせない」

 アスカも遅ればせながら、レイに追随した。

 ミサトは眉根をよせて申し分けなさそうな顔をすると、突然腰をおってペコリと頭を下げた。


「ごめんなさい」

 あまりにいさぎよい上司の謝罪にレイ、アスカだけでなく、スタッフ全員がとまどった。

 ミサトは腰を折ったままの姿勢で言った。


「私は今回の任務、ブライト司令みたいにうまく指揮できるか自信がないの。

 今すぐここから逃げだしたいくらい。だからつい……」

 ミサトが顔をあげた。すこしぎこちない笑顔をしていた。

「みんな、私に力を借して!。みなさんはこの戦い方に熟練した人たちばかりでしょ。お願い、私に手を貸してちょうだい」

 ミサトはいつの間にか数歩前に進みでて、スタッフの目の前で懇願こんがんしていた。

 目をうるうるとさせて、心から請うような殊勝な姿を晒していた。


「も、もちろんですよ。ミサトさん」

 最初に陥落したのはアルだった。

 それを皮切りにそこにいたスタッフたちがミサトの元に近づき、決意や励しを口々にしはじめた。

 アスカだけはこの展開をおもしろくなさそうにしていたが、それ以上の異議は口にしなかった。自分からアシストすることになったのだからできようもない。余計なことを口にして再びオウン・ゴールを与えるはめになりたくないと警戒しているのかもしれない。

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