第161話 その場所はパイロットにとって特別な場所だった
その場所はパイロットにとって特別な場所だった。
一種の聖域というべきだろうか……。
テニスコートほどの広さの空間をビル5階分ほどの高さの壁が三面とり囲んでいる。正面の壁面にはいくつものブロックにしきられ、それぞれのブロックには小さな扉がレリーフ状に浮きでている。そしてその扉の上には、一つ一つに文字が刻まれている。
それは歴代のパイロットたちの名前が刻まれたモニュメント。
ヤマトタケルは斜めうしろを振り向いて、アスカに声をかけた。
「アスカ、きみも葬儀にでたかった?」
「無理でしょ。こっちは加害者側なんだから……」
「加害者っていうわけ……」
「兄のせいで多くの人が死んだ。そしてあたしはその家族。警備兵は、タケル、あんたを守るため命をおとした。そして、日本国防軍の兵士の何人だか、何十人だかは、正当防衛とはいえ、あんたが殺した……」
「その元凶のふたりがのこのこと、式典に顔だしていいわけないでしょ」
「まぁ、そうだけど……」
ヤマトは肩をすくめてみせた。
アスカが元気になったのがありがたかった。あれほどの心の傷を負ったのだ。ふつうの神経なら、モニタ越しにでも式典を見ることすら
本当にこの子は強い……。
ヤマトはふと壁面の文字に気づいて、正面にすすみでた。
上を見あげると、「神名朱門【AYATO KAMINA】」と刻まれた扉が目にはいった。
「シモン……」
思わずヤマトは呟いた。幻影だったとはいえ、ほんの二、三日前、あの自信に満ちた不敵な笑顔に接し、ことばをかわしたのだ。
恪別な思いが胸を締めつける。
彼に無理をしいて出撃させたブライトも、それを胡塗するのに力を借した春日リンを許せない気持ちは、まだ腹の底にうずまいていた。
だが、アヤトは自分が死ぬことを覚悟したうえで出撃した、ということもなんとなく感じていた。たった数百人の命と人類救済の切り札を一枚うしなうことを、両天秤にかけられない愚かな指揮官……。そこにいた自分の不運。だが、その巡り合わせもふくめて、人生なのだと、アヤトは悟ってたのかもしれない。
おそらくブライトと誰かが替わっていたとしても、アヤトには同じ運命が訪れ、同じ決断を迫られただろう。
「タケル、どいて。動かすわ」
ヤマトがアスカの方に顔をむけると、アスカは右側の壁側に設置されている古めかしいコンソールパネルを操作していた。
「兄さんのお墓、一番上にされてンの。まったく気分が悪いったらありゃしない」
グォーンいう重々しい音が、狭い空間に重低音として響き、室内の空気を揺らした。可動式の壁面がゆっくりと動きはじめる。
ヤマトの目の前にあった墓碑が、「神名朱門【AYATO KAMINA】」から別のものに順に送られ、入れ替っていく。それは名前しか知らないはるか昔の人から、ヤマトが子供の頃、何度か会ったことのある人まで様々だった。
ヤマトは目の前に送られてきた墓碑を見て、思わず前に歩みでた。可動している墓の名前に指をはわせる。
「日本 直江【NAOE YAMATO】」
『父さん!』
一瞬にしてフラッシュバックがよみがえる。
腹を殴られ、その場に腹を抱えてうずくまったヤマトに父がどなりつける。
「他人の命ごときで自分の命を危機にさらすな。おまえの命は、全人類100億人と同等だと肝に命じろ!」
雪山での戦いが目に浮かぶ。父との最後の出撃。
モニタのむこうで、コックピットに座っている父が満足そうに笑う。
「タケル、あとは頼んだぞ」
怪我した体をひきずりながらヤマトが、むこうから歩いてきた春日リンに涙まじりに叫ぶ。
「ぼく、ぼく……が、お父さんを……、お父さんを殺した!」
「タケル、危ないわよ」
うしろからアスカに大声をあげられて、ヤマトはハッとしてうしろに一歩さがった。
いつの間にか気をとられて、横に可動している扉にしがみついていたらしい。
「——ったく、世話がやけるんだから」
うしろからアスカの愚痴めいた声が聞こえてきたが、ヤマトは墓から手をはなしたあとも、上方へ昇っていく父の墓の銘板から目が離せずにいた。父の墓碑は三列ほど上、ちょうどヤマトの頭の上ほどの位置にきたところで動きをとめた。
ヤマトは目の前の石碑に刻まれた墓碑に目をやった。
リョウマの墓だった。
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