第145話 ほかに手だてはない。時間は巻き戻せないのだ
先ほどまでのアスカの苛立ちが、心の底からよくわかった。
誘導電磁パルスレーンの軌道に乗って短距離移動するのが、これほど苦痛を判うものと、ヤマトははじめて思い知らされた。これまでの数十Km、数百Km離れている場所への移動時にストレスを感じたことはない。マッハ2を超えるスピードなのだから当然だ。それが今回のように目と鼻の先、ちょっと高度をあげれば目視できるような場所となると、途端に苛立ちが募る。軍事用誘導電磁パルスレーンの高度は1・5万メートルに位置するため、そこまで上昇しなくてはならない。
「くそ!。マンゲツがいつもの状態なら、ダッシュでもう着いてる!」
ヤマトはあきらかに司令部に聞こえるように悪態をついた。モニタ画面上では、アスカのセラ・ヴィーナスとプルートゥのファースト・コンタクトが映し出されていた。アスカの不意うちに、プルートゥが待ち構えていたかのように、迎撃され、アスカは崖の横腹に叩きつけられていた。
なにか手だてはないのだろうか……。
ヤマトはふと、先日、マンゲツ内で一人ひそかに直結を試みたときのことを思いだした。
「カンゲツ……おまえ……なにものだ?」
「この個体の命と秘密を守るものだ」
「そのためなら、おまえは時間を戻すこともできるんだな?」
「君はもう経験済のはずだ」
ごくりと唾を飲み込んで、ヤマトは言った。
「なら、リョウマが、セラ・プルートゥが暴走する前の時間に戻してくれ。
「それが何か?」
「何か……って。このままだとデミリアンを一体うしなう」
「構わない」
「鎌わない?」
ヤマトはカンゲツのことばに驚いた。同族が死ぬのをなんとも思わない……?。
「だ、だけど……、ぼくの命は救ってくれ……」
「君の命を救ったのではない。私はこの個体を助けたのだ。君はたまたま命拾いしただけだ」
ヤマトはことばが継げなくなった。こんな話の腰の折り方があるだろうか。
「この個体の命が危機に瀕したときには、私は何度でも命を救おう。何度でもね。だが、それ以外の個体については、わたしは一切関知しない」
ヤマトはその物言いに腸が煮えくり返る思いにかられたが、その怒りをどこにぶつけていいかわからなかった。感情をぶつけるべき対象物が目の前にいないのだ。ギリッと奥歯を噛んで、ヤマトは正面にある赤いランプをにらみつけた。
『Direct Connect』の表示ランプ。
ヤマトはふとマンゲツの体が下降しはじめていることに気づいた。いつの間にか目的地に近づいたらしい。
「アスカ、もう少し待っててくれ!」
ヤマトは心の中で一人叫んだ。
ほかに手だてはない。時間は巻き戻せないのだ。
何がなんでも助けなければならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます