第129話 何度も言わせないで。あなたの『共命率』が高まりすぎて危険なの

「タケル、悪い知らせがある」

 アルがサブモニタから進言してきた。

「アル、今、目の前で、プルートゥに逃げられた。もうそれだけで十分だ」

 そのことばにエドが唐突にわってはいってきた。

「いや、ヤマト君、それなんだが、プルートゥはまだそこらにいるんだ。生体反応が消えていない」

「どういう……」

「腕が完全に再建するまで、亜空間に隠れているだけなんだよ」

「だとしたら、悪い知らせじゃない」

「すまねぇな、タケル。そうじゃない。問題はおめえの持っているサムライ・ソードのことだ……」

「あと一回しか使えない」

「どういうことだ。アル、説明しろ!」

「デミリアンのパワーを刃先に伝えるGW素子がもうない。ガス欠だ」

「まさか。そんなに早く?」

「おなじ武器同士をぶつけ合うと、おそろしいほど早く消費しやがんだよ;;」

「どうすればいい?。なにか秘策は?」

「タケル、すまねーな。なんもねぇ。ただ、唯一アドバイスするとしたら、一撃必殺で倒すしか方法がねぇってことだ」


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「ん、もう——。生きるのに必死すぎる、デス」

 渾身の力で絞めあげているにもかかわらず、絶命してくれない亜獣アトンに『  』《くうはく》は苛だっていた。レイの母親の幻影はハッチの前の床に転がり、ただひくついている存在になっているというのに。

 だが、背中あわせで担ぎあげられ、自分の全体重が首にかかっているというのに、亜獣アトンは、みっともないほど悪あがきをしている。

「こんなにしぶといなら、急所を刺したほうが早かった、デス」

 その時メインモニタに春日リンがあらわれた。

「レイ、もう充分よ。そこをはやく離れなさい」

「なぜ……です?」

「何度も言わせないで。あなたの『共命率』が高まりすぎて危険なの」

「たしかに一体感がハンパないです」

「今、アスカを向かわせる。すぐに離れて」

 そのことばに反応して、メインモニタ画面にアスカの映像がわりこんできた。

「メイ、あたしなの?」

「えぇ、アスカ、頼むわ」

「あたし、今、手のひらとか腕に針が突き刺さって、そこそこ手負いなんだけど……」

「でも96・9クロックスの限界を超えそうなのよ」

「りょーかい。なるべく急ぐ」

 アスカが素直にリンの指示に従うのを、レイはひとごとのように聞いていた。と、足元に転がっている母親の幻影が「あー」とため息まじりの声をあげた。すかさずスロットルをひき絞る。母親が息をつまらせ、ケッ、ヶッと喘いだ。

「春日博士、やっぱりここで終わらせるデス。こいつら、力を緩めるとすぐに息を吹き返してしまう、デス」

「レイ!。やめなさい」

 春日リンの大声が耳朶じだをうったが、レイは無視してスロットルを力の限りふり絞った。

「うらぁぁぁぁ……デス」

 セラ・サターンがアトンを背負ったままさらに前傾姿勢になる。アトンの足が地面からさらに浮いて、自重のせいでロープが首に食い込んでいく。中空でアトンが足をバタつかせる速度があわただしくなる。断末魔をおもわせる痙攣のようなわななき。

「そろそろ、くたばれーーー、デス」

 レイがそう叫んだ刹那、突然、引き絞っていたはずのスロットルレバーから、反応が消えた。それまで手にずしりとかかっていたレバーへの圧力がなくなり、レバーがカタンという乾いた音をたてて倒れる。それとほぼ同時にコックピット内の電灯が消え、あたりがまっ黒になった。

 レイはあわてなかった。室内に光が戻るのを目をとじて待っていた。

 ほんの数秒ののち、緊急用の電源が起動して、室内に淡い光を灯しはじめた。

 レイがゆっくりと目を開ける。

 その顔からは先ほどまでの、戦いに高揚した姿も、はしゃいでいた表情も、幼げな面影、も一切合切消えていた。

 そこには、無遠慮な冷静さしか持ち合わせていない、レイ・オールマンの顔があった。

 レイは左側のコンソールに手を伸ばし、アナログのスイッチが並ぶ盤面をまさぐると、いくつかのトグルスイッチを押しあげた。

「司令部、今、私、どうなってる?」

 ヘッドセットに春日リンの声が聞こえてきた。

「レイ、レイなの?」

「えぇ。わたし以外ありえない」

「あ、えぇ、そ、そうだけど……、さっきまで……」

 レイはふーっとため息をついた。

 またあの子だ……。あの子が大暴れしたのだ。

「どうなったか教えて?」

「レイ、あなた、『共命率』が高まりすぎて限界点を超えたの。しばらくセラ・サターンを操縦できない」

「どうすればいい?」

「今は無理。それが、純血に3%も足りない『クロックス』の限界点……」

「それで、今、私はどんな状況?」

「今、あなたは亜獣アトンを背負ったまま、身動きはできなくなってる……」

 先ほどまで身動きひとつできなかったはずの母親が、ゆらりと立ちあがろうとしていた。


「そう……それは、たぶん、相当良くない事態なんでしょうね?」

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