第130話 あれは自分が最善を尽くせなかった数字だ。

 指示された場所に到着すると、シン・フィールズは、装甲車の外に出て誰かと会話している様子がみえた。そこには誰もいなかったが、おそらくテレパスラインかニューロンストリーマでのやりとりをしながら、ついしゃべっているのだろう、とアスカは理解した。

 フィールズが自分のほうに近づいてくるセラ・ヴィーナスの存在に気づいた。フィールズは誰かとの会話を打ちきって、突然、こちらを指さしながら叫び始めた。

 俯瞰で見降している遠景の映像でも、あきらかに憤っている様子がわかる。

 アスカはため息まじりに「まいったな」と呟きながら、メインモニタにフィールズのカメラを呼びだした。メインモニタがフィールズのアップに切替わった。

「フィールズ中将、護衛にきたわよ」

「きさま、何ものだ」

「あたし、龍少尉です」

「きさまは、その亜獣にのってるのかあ」

 何を言っても聞く耳をもってなさそうだ。

 兄もこんな風に洗脳されたんだろうな……。

 一瞬そんな感情がもたげそうになったが、兵士としての職務を遂行すべしと、気持ちを切り替え、レイが身動きさせなくしているアトンのほうを指さしながら言った。

「あそこの亜獣から針の攻撃がくるから、そのタイミングを逃がさないで攻撃を。あたしは針からあなたたちを守ります」

「きさま、何を!」

 フィールズが怒りを爆発させた時、頭の中に声が響いた。

「アスカ、来るわ」

 ミライからの警告だった。

 ハッとメインモニタに目を向けると、遥かむこうからおびただしい数の針の矢が、こちらに飛んでくるのが見えた。

 アスカは首に巻きつけていた万布をシュッと引き抜くと「盾」と叫んだ。目の前で万布がぶわっと広がり「盾』になる。しかも通常の倍以上の特大サイズ。今日のこの戦い用の特別あつらえだ。これならば、うまく防御できればワンブロック分ほどのエリアでも、なんなくカバーできそうだった。

「みんな伏せて!」

 アスカはそう叫ぶと、目の前に表示されている、あらゆる方向のモニタに目を走らせた。この防卸ですべてが防げないのは知っていたが、やるからには最大限守れるものは見逃したくなかった。

「アスカ!!!。フィールズ中将を!!」

 春日リンの声が警報器のサイレンのようなけたたましさで、頭のなかに飛び込んできた。アスカがあわてて、フィールズの居場所を映していたモニタに目をやる。

 そこに全速力で走っているフィールズ中将の姿があった。

「フィールズ中将!、動かないで!!」

 アスカは回線にむかって大声をあげた。

 フィールズは何かをわめいていた。もう何を言っているか、わからないほどの奇声だった。彼を追尾しているモニタには『警告』の文字が踊っている。

 アスカはハッとした。

 このままだと、自分の盾の庇護の傘の外にでてしまう。そういう『警告』だ。

 メインモニタの画面には、降り注いでくる針の矢が、画面いっぱいに広がって、真っ黒になっている。その下には着弾を示すカウントが「3」の数字を刻んでいる。

「フィールズ中将、そこにいたら針のえじきになる。戻って!!」

 アスカはヒステリックな声で叫んだ。

 だがモニタに映る中将はなにかに取り憑かれたかのように、大きく手を広げて叫んでいた。まるでみずから、我が身をその矢に捧げようとしているかのようだ。

 メインモニタの映像が完全に針の矢で埋めつくされた。

「中将!」

 反射的にアスカは『万布の盾』の外にむけて、右腕を伸ばしていた。その腕、そのてのひらひとつで、フィールズを針の槍から守れるかどうかわからない。だが、自分の任務は日本国防軍の兵士を最大限守ること。そして、狂乱のまま盾のそとに走り出たフィールズ中将は、腹立たしいことに、その日本国防軍の兵士のひとりなのだ。護衛対象であるからには、どんなことをしても守らねばならない。なによりもフィールズが命を落とせば、どんなに被害を軽微にとどめたとしても、ブライトからの叱責は免れない。

 けたたましい音とともに針の矢がアスカの構える『盾』に着弾した。

 ビクンとアスカのからだが跳ね上がった。盾のそとに出した腕に針が突き刺さり、脳天を突き抜けるような痛みが身体中を走り抜けた。

 意識が飛びそうになる。

 土砂降りのように叩きつける針の矢に、構える盾がガタガタと揺れ、勢いで弾きとばされそうになる。あたりでは、針がいろいろなものに突き刺さるドスドスという物々しい音が、とぎれることなく響いている。音でかき消されているが、人々の悲鳴もあがっていることだろう。

 コックピットの右側にあるデッドマン・カウンターが、パタパタと『凶暴』な音をたてて勢いよくめくれていっている。

 腕に刺さっていく針の痛みはすでに遮断されて、感じなくなっていたが、アスカはグッと奥歯を噛みしめた。  


 あれは自分が最善を尽くせなかった数字だ。

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