第118話 あわてず、急いで、正確だろ

 シン・フィールズの顔は晴々としていた。こころを許せる仲間たちが集まってきてくれたのだ。

 相原が、加藤が、斉藤が、そこにいた。

 そして、彼らとともに人類史上はじめて、ひとの手によって亜獣を倒す瞬間を迎えることができるのだ。「おい、ススム。どうした、また外したぞ」

 相原が空を浮遊する亜獣セラ・ヴィーナスにむけて放った、テラ粒子砲が標的を外すなり言ってきた。

 相原は北海道での戦線で一緒に戦った時の隊長だった。

 遠隔操作で攻撃を行うドロイド兵部隊を率いていた。だが数キロ後方の安全圏にいたはずにもかかわらず、亜獣グダラムの超振動波の直激を受けて命をおとした。装甲車の厚い装甲を貫き抜けた超振動波は、相原の体の骨と内蔵をことごとく砕いていたと報告を受けた。

「あわてず、急いで、正確だろ」

 斉藤がしたり顔で言ってきた。

「そうしているよ。次は必ずしとめる」

 シン・フィールズは笑いながら答えた。

 同期・斉藤の最期はむごたらしいものだった。

 彼は亜獣ザブングに食われた。

 逃げ遅れた市民から亜獣の注意をそらすため、つたない武器一丁で亜獣に突撃したからだった。重戦機甲兵か重火器砲、せめてパワードスーツの類いでもあれば、腕一本、脚一本落としたとしても、命は拾えたかもしれなかった。

 だがその時はすでにあらゆる兵器は底をついていた。あえて無媒な戦いをするしかなかったと伝え聞いた。

 加藤が拳を握りしめて鼓舞するような言葉を放った。

「早くおれらの仇を討ってくださいよ」

「あぁ、わかってるさ」

 部下だった加藤の熱い思いにフィールズの声も自然に慌ぶる。

 加藤の死体が見つかったのは、死後一か月以上経ってからだった。ロシア合衆国との共同訓練中に亜獣ライデンの餌食になった。

「地球人、みんなを救いたいッス」というあの男の口癖そのままに、彼は他国の民衆を救うために、全力を尽くした。ひとりでも多くの人を逃がすために、最後の最後まであきらめなかったと、ロシア陸軍の大将から教えられた。

 そのがんばりのおかげで、食いちぎられた彼のからだは四方に飛散し、回収に時間がかかったのだ。

 フィールズは逝った友たちがここに集う姿を見て、彼らの無念の思いをあらたにした。彼らが国を、民を、守りたいという使命感にかられなければ、国防という仕事に就かなかったであろうし、そうであればどこかで幸せな家庭を築いていたに違いない。

 フィールズはキッと真剣なまなざしを夜空にむけた。

 敵はこの空域の夜陰にまぎれて、息を殺している。今、この手で仇を計るチャンスを手にしているのだ。

 何がなんでもあの人型の亜獣をしとめなければならない。

 シン・フィールズが空をにらみつけていると、副官がかしこまった様子でこちらに歩いてくるのに気づいた。

「シン、フィールズ中将、敵の援軍が我が軍の重装歩兵に攻撃をしかけて参りました」

「自走式テラ素粒子砲『アッカム』は大丈夫か」

「はい、今のところは。しかし、護衛の『ズク』がすでに三体やられました」

「すぐに他の隊の『ズク』をアッカムの護衛にまわせ。いまはテラ素粒子砲しか、あの空中の亜獣には届かんのだ」

 副官の姿が見えなくなると、相原がいじわるげな顔をして訊いてきた。

「おい、おい、なんだぁ、シン・フィールズなんていう、日本人離れした名前は?」

 フィールズは少し気まずそうに笑った。

「『リ・プログラム』で、名前を変更した時に漢字の読み方を変えて『糊胎』を『ノハラ』と名乗ったら、『野原』と勘違いされて……」

「だから、『フィールズ』か」

「和名じゃあ、ノハラ・シン……」

 斉藤がそれを聞いて、相原に同調するように言った。

「どっちも冴えねー、名前だな」

 加藤がそんな瑣末なことはどうでもいいと言わんばかりの口調で言った。

「おれは昔の名前で呼ばせてもらいますよ。いいですよね、糊胎こだいさん」

 フィールズは笑いながら「構わない」と承諾した。

 加藤が嬉しそうな顔になった。

「じゃあたのむぜ、糊胎こだい

 相原も期待をこめる。

「俺らの仇をとってくれよ、コダイ」

 斉藤が空を見あげながら思いをはせる。

「あいつを撃ちおとしてくれ」



「糊胎・コダイ・ススム

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