第119話 目をそらしてもらえばいいんです

 マップにふいに点滅する光が現われた。一気に四つ。

 この光は左側を警護していた重戦機甲兵『ズク』ではない。

 ほかのエリアの重戦機甲兵が、援軍にむかってきていることを示していた。

「判断が速いな」

 これでヤマトが相手にしなくてはならない敵は二体から、すくなくとも六体になった。 ヤマトは先を急いだ。今、もっとも回避しなければならない事態は、この六体と同時に襲いかかられることだ。

 そんな暇はない——。

 八ツ足の『アッカム』を機能不全にして、アスカを上空から迎いいれ、孤軍奮闘しているレイの応援にいかねばならない。

 エリアの中央付近に近づくと、右側を護衛していたズクはすでに移動をおえ、迎撃体制を整えていることがわかった。ビルディングの陰に穏れていたが、見通しのきくワンフロアタイプのビジネスビルの窓から、銃をかまえている。

 ヤマトはメインモニタに映る、ビル陰にひそむ二体のズクをつぶさに観察した。

 おそれいったことに今いる場所からは、つけいる瞭がないように思える。

 練度が高い。

 ヤマトはメインモニタに司令部を呼びだした。

「ブライトさん。そちらから援護してもらう方法はなにかない?」

 画面に映ったブライトは、憤懣やるかたない表情を隠そうともしてなかった。

「ヤマト、こちらの手駒はおまえたち、デミリアン三体のみだ。今もミライが攻撃中止をフィールズ中将にかけあってはいるが、聞く耳を持ってもらえんのは変わらん」

 ヤマトは当然の回答だと、あらためて心の中で反芻したが、同時にひとつのアイディアが浮かんだ。

「ブライトさん、この場所はそちらからそんなに離れてないよね。こちらに届く威力の兵器ないですか?」

「こんな場所から当たるものか」

「目をそらしてもらえばいいんです。そうすればあとはボクがなんとかします」

 すると、割り込んでくるように、アルがメインモニタの右隅のワイプ画面にあらわれた。

「すまねなヤマト。うちはデミリアン専門部隊だから、大仰な武器や兵器は配備されてねーんだ」

「武器じゃなくていい、敵の注意をそらせれば……」

「んじゃあ、あるじゃねーか」

 アルの答えにヤマトが喰いついた。

「じゃあそれを撃ってくれ、アル」

「そんな長距離砲なんぞねぇよ。タケル、撃つんじゃない、落とすんだ」

「落とす?」

「頭上から照明弾をバラまいてもらえよ、タケル……。アスカにな」


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「何発落とせばいい?」

 メインモニタに呼びだした装備欄に目を這わせながら、アスカが声を弾ませた。下からの攻撃に逃げまわるしか術のない我が身が、腸が煮えくりかえるほどの悔しかったアスカにとって、その提案はまさに渡りに船だった。

「何十発でも落とせるわ」

 モニタのむこうのヤマトはわずかにげんなりとした顔をした。

「アスカ、二発でいいよ。とにかく、二発、頭上に落としてくれ」

「了解」

 アスカの鼓動が高なった。

 これで変即的とはいえ、参戦することができる。正確に言えば、自分を助けようとするタケルを助ける、ということになるが、そんなことはどうでもよかった。

 ヤマトの役にたてることが、なによりも嬉しかった。

 ふとすぐ脇にある機器に目をむけた。

 その機器の表面に、にやついた自分の顔が映っていた。アスカはぐっと表情をひきしめた。

 なに嬉しそうにしてるのよ、アスカ。そんなに浮かれちゃって。あんたぁ『ボカ』ぁ!。

「タケル、落とすタイミング、教えなさいよね」

 アスカがつっけんどんに言った。

 そう、あんたはそういう偉そうな口調のおんなでしょ。己をわきまえるがいいわ。

「カウントする」

 ヤマトのひと言とともに、メインモニタの真中に「10」の数字が表示された。「9・8・7……」数字がカウントダウンされる。数字の下に映るカメラ映像には、ヤマトがサムライソードを引き抜いてビルの陰から疾走していく姿があった。

 あえて接近戦で勝負するらしい。

 別のモニタにはヤマトの動きを察知したズク二体が迎撃体制に入ったのが見てとれた。

「3・2・1」

 アスカはスイッチを押した。セラ・ヴィーナスの両側のふともも部分にある射出口から、照明弾がすべり落ちていく。アスカは頭上にある装置を操作し、目元をバイザーで覆うと、夜空を落下していく照明弾を目で追った。照明弾の点火位置は地上五十メートル。そんな近くで閃光を直視してしまったら、しばらくのあいだ視界を奪われるのは確実だろう。暗視ゴーグルをつけていたとしたら、失明の可能性すらある。

 地上でまばゆい光が炸裂した。

 照らされた光の中で、ヤマトが二体のズクを一気に斬り伏せたのが見えた。ヤマトはそのまま、自走式テラ素粒子砲『八ツ足』アッカムのほうへ突っ走る。アッカムの粒子砲の先に光が集まりはじめたのが見える。オレンジ色に発光している。発射準備にはいった証拠だ。

「タケル、急いで」

 ヤマトがアッカムの上空への砲撃を食い止めようと、サムライソードで砲身を断ち切った。

「よし」

 アスカは思わず声をあげた。

 が、ぐらりと傾いた砲身の砲口から光が消えていないのが見えた。

 粒子砲がまだ生きている。

 砲口はヤマトのマンゲツのほうをむいていた。

 アスカの息が止まった。


 砲口からオレンジ色の眩い光が放射された。

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