第114話 わずか一発さえ『移行領域』のむこうに飛びこみさえすれば……

 重戦機甲兵とは名ばかりではないか!


 シン・フィールズは装甲車の中で、各部隊の進行状況をチェックしなから憤っていた。

 本来ならもっと上空を飛んで最短コースで現場へむかうべきだったが、高層マンションがひしめく市街地では、高度がある方が危険であると判断され、路面から一メートルばかり浮いているだけで、結局従来の道路に沿って飛んでいる。

 それだけならばまだしも、高速移動を誇る重戦機甲兵『ズク』すらも大きく出遅れているのが、気にいらなかった。

 亜獣が違う位置に出現する不測の事態に見舞われたとはいえ、そのあとの対応があまりにもお粗末だった。国連軍の少年兵たちに日本国防軍がこんなにも遅れをとってしまった事実はどれだけ反省してもしたりない。

 フィールズは副官にどなるように聞いた。

「あと、どれくらいだ」

「あ、あと、五、六分かと」

「五分か、六分かどっちだ」

「あいえ、少々、お待ちを……」

 副官がおびえた表情で宙空に浮んだ計測データに目をやろうとした時、国連軍側モニタからヤシナ・ミライの声がとびこんできた。

「セラ・サターン、亜獣と接触しました!」

「もう、しかけたのか!」

 フィールズは思わず歯がみした。このままあのデミリアン一体で亜獣を倒されては、こちらの面子というものがたたない。

「ブライト司令!」

 フィールズは部下にぶつける苛立ちそのままに、国連軍司令部を呼びだした。すぐにブライトがメインモニタ上にあらわれたが、フィールズは彼に発言を許さなかった。

「なぜ、先にしかけてる。なぜ我々を待てなかった」

「申しわけない。レイが勝手に暴走をして……」

 フィールズは弁明も聞きたくなかった。

「君は部下一人もコントロールできないのかね」

 あきらかにモニタの向こうで、ブライトの顔色が曇ったのがわかった。

「フィールズ中将。今まで司令部は幻影に襲撃されていたんです。パニック状態でそれどころでは」

「幻影に襲撃?。何を寝ぼけたことを」

 よりによって子供がつくような言いわけに、フィールズの苛立ちはさらにつのった。

「本当です。あなたにも忠告したはずです。あの亜獣は幻影をみせると!」

 モニタのむこうでブライトもすこし語気を強めた発言をぶつけてきた。

「それは聞いた……」

 その時オペレーターが声をはりあげた。

「中将、なにかが飛んできます」

 強制的にメインモニタの映像が、ブライトのいる司令室から、夜空を映す遠景の映像に切替わった。ひときわ高いビルの屋上付近を、何か巨大な物体がとんでいるのが見えた。

「亜獣です!」

 その言葉にフィールズの胸が踊った。

 むこうからこちらに近づいてきた!

「どこか射定距離内にいる部隊はいるか」

「第三重戦機甲兵団が『0ー2ー0《まる・ふた・まる》』に、第五重戦機甲兵団が『1ー2ー0《ひと・ふた・まる》』に!」

「よし、攻撃を開始しろ」

「まだ亜獣が威嚇をしてきていませんが……」

 亜獣アトンが中層のビルの屋上に降り立ったのが見えた。

「かまわん。撃て!」

 フィールズが号令をかける。

 すさまじい火花が各所から飛び散り、亜獣にむけて一勢攻撃がはじまった。

 どれか一発当たれば、わずか一発さえ『移行領域』のむこうに飛びこみさえすれば……。

 シン・フィールズの祈るような思いが、おびただしいかずの砲弾や光線となって、夜の街を火花と閃光と炸裂音で染めあげる。亜獣のからだが見えなくなるほどの攻撃。

 無数の砲弾は、ビルの壁を削り、店舗のガラスを割り、看板に穴を穿ち、標識をへし折っていく。どこかしらから、けたたましいアラームが幾重にも鳴り響き、人の悲鳴とおぼしきものが、各所から聞こえてくる。

 フィールズはわかっていた。

 いくばくかの誤射や誤爆、跳弾があったにちがいなかった。『テラ粒子砲』のビームが掠めていたとしたら、原子単位で分解されている可能性もある。ここは市街地なのだから当然だ。ここには避難勧告が発令されてない。

 その場所が戦場になるということは、それなりの犠牲は不可避ということでもある。

「どうだ!」

「相応の砲弾やビームが着弾も、目標物にいっさいの損傷なし」

 当然とも言える内容が報告されてきた。フィールズは戦果について、いちいち反応しなかった。一喜一憂するまでにも至らないのを、よく知っている。

「今ので亜獣は反撃してくるはずだ」

「反撃してくるタイミングを計測しろ。その瞬間で一気に勝負をかける」

「了解」

 フィールズはモニタ画面を見た。

 あれだけの攻撃を受けて、ほこりひとつさえつけられない亜獣アトンの、全体の姿が映しだされていた。アトンの背後にそびえたつビルは集中砲火を浴び、数階分が見る影もないほど砕け散っていた。中では火が燃え盛り、もくもくと黒煙があがっている。

 フィールズはぎゅっと拳を握りしめた。

「くそう。次は、次こそは……」

 その時、モニタのむこうで亜獣アトンが羽根をひろげるのが見えた。

「アトン、翔びます」

「逃がすな!」

 アトンの背中でぶわっと羽が広がったかと思うと、メインカメラからアトンが姿を消した。

「どこへ行った」

 メインカメラの映像が夜空を飛翔しているアトンの姿に切り替った。

「こ、こちらに向ってきます」

 フィールズは装甲車のぶ厚いドアに手をかけて、開閉スイッチを押した。

 シュッと勢いよくドアが横にスライドする。たちまち、臭気をまとった煙たい外気と、、舞い散る破壊物の粉塵、避難する人々の嘆きの声が車内にとびこんできた。

 副官がうしろから何か声をかけてきたが、フィールズはかまわず外に飛びだした。

 手でひさしをつくると、夜空に目をむけた。暗闇でもみえるよう、網膜デバイスの感度をあげ、同時に望遠ズームの拡大率を高めた。

 AI焦点レンズが真夜中の空を舞う亜獣アトンの姿をロックオンした。

「あれが、亜獣アトン……」

 シン・フィールズは、はるか天空をいくアトンをにらみつけた。

 その時だった。

 ボワンという空気の震えをフィールズは感じた。空間そのものが振動したような不思議な感覚だった。

「これは……、まさか?」

 フィールズの脳裏にブライトの警告が浮かんだ。

『あの亜獣は幻影をみせて、こちらを攪乱させる能力がある。十分注意してください』

 攪乱だと。あんな虫に何ができるというのだ。

 フィールズは上空のアトンにふたたび目をむけた。

 その時、フィールズは、背後にひとの気配を感じた。さきほどまで、そこには誰もいなかったはずだ。

「おいおい、ススム。そんなんで、次は仕留められるのか?」

 その声には聞き覚えがあった。忘れようがない声。だが、そんなはずがない……。

 フィールズは、おそるおそるうしろを振りむいた。

 そこには、かつての同僚、斉藤の姿があった。

「頼みますよ、隊長。ぼくのぶんの仇も」

 今度は反対側から細い声が聞こえる。あわてて顔をむけると、かつて上官だった相原大尉、そして部下の加藤が肩を組むようにして立っていた。

「相原さん…、斉藤…、加藤……。どうして……?」

 相原がにやりと笑って、上空を指さした。

「そりゃ、当然さ。あいつを倒して、俺たちの仇を討ってくれるんだろ」


 その指は亜獣アトンが翔んでいった方向ではなく、遥か上空にむけられていた。 

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