第113話 人だ。人が降ってくる

 夜の闇が煙っていた。

 ヤマトは靄につつまれた街の中を疾走していた。靄の正体は亜獣に破壊された街の断片。通りのむこうから亜獣に追いたてられるように逃げてくる人々とすれ違う。

 その中の何人かが、ヤマトの正面からぶつかってきたが、ゴーストを使ったヴァーチャルの体のヤマトを、誰もがすっとすり抜けていった。皆、着のみ着のままで、亜獣の進行方向とは反対の方へ向かっていた。その中には怪我をし、顔や服が血で染っているものもいたが、逃げるのに必死で、そんな瑣末なことにはかまってられない様子だった。

「アスカ!」

 ヤマトは叫んでみた。

 ゴーストでの移動の弱点は探す相手の位置を特定しにくいことだ。もちろん常人ならニューロン・ストリーマや生体チップを駆使して、すぐに探しだせるのだが、外部インターフェイスを使ってやりとりしている人間には簡単にはいかない。

 先ほど亜獣の出現地点にいたはずだ、とヤマトは思い返して、はたと気づいた。

 あのアスカがいつまでも亜戦が去った場所にいるはずがない。

「常に亜獣の進行方向にいて待ちかまえているに違いない」

 ヤマトは手を前にかざして空中にメニューを呼びだし地図を表示した。レイのセラ・サターンがいる場所の近くの『ゴースト装置』を検索しタップする。

とたんにヤマトの目の前の風景が入れ替る。まだ夜の帳が濁る前の澄んだ時間がそこにあった。

「タケル」

 ヤマトがふりむくと、そこにアスカが立っていた。今度は読みがうまくあたったようだ。

「アスカ、よかった」

「どうしたの?」

「時間がない。レイの母親が司令室にあらわれ、実体化した」

「それが?。あたしのときもラウンジに現われたわ」

「今度のレイの母親は、リンさんやミライさんたちに直接襲いかかったんだ」

「どういうこと?。幻影でしょうそんなこと……」

 そのとき、大きな地響きがした。

 はっとして亜獣とは反対方向に二人は顔をむけた。

 レイだった。

 レイのセラ・サターンが通りの真中に『万布』を構えて立っていた。

「レイ!」

 ゴーストを使っている時は連絡がとれないのを知っているのに、思わずアスカが声をあげた。ヤマトはレイのセラ・サターンが亜獣にむかおうとしている方向を見た。

 数百メートルむこうに亜獣がいた。

「レイ、ひとりじゃむりだ」

 ヤマトも声は届けられないのに、思わず叫んだ。

 セラ・サターンは体の前で『万布』を盾にして亜獣と対峙していたが、ぐっと足をうしろにひいたかと思うと、猛烈な勢いで亜獣めがけて突進していった。

「まずい!」

 そう言うなりヤマトの体は前に走りだしていた。声をかけるまでもなく、アスカもそれにつられるように走りだす。ちかくのゴーストを探しだして、乗り換えるという発想がちらりと頭に浮かんだが、今はこちらの方が早い。

 走る二人の横をセラ・サターンが大股で駆け抜けていく。セラ・サターンが走りながら、腰にある薙刀の柄に手をかけたのが見えた。

 その時だった。

 通りをはさむ両側のマンションからなにかがパラパラと降ってくるのが見えた。

「あれ何よ?」

 アスカが叫んだ。

 ヤマトにはすぐわかった。

「人だ。人が降ってくる」

「うそでしょ」

 アスカがすこしヒステリックな声をあげた時、前方でセラ・サターンが突然、万布の盾モードを解いて、下に広げクッションのようにしようとしているのが目にはいった。

「レイ、やめろ!」

 ヤマトが思わず大声で叫ぶと同時に、亜獣アトンの胸と腹から一勢に針の矢が放たれるのが見えた。

「よけろ!。レイ」とヤマトが声をあげると、つられるように、「よけなさい!」とアスカまでが叫んでいた。

 はなたれた針の矢が高層マンションに狭まれた大通りに飛び込んでくる。その中央にいるのはセラ・サターンだ。矢が両側のマンションの壁やバルコニーを削りとり、看板やオブジェなどを貫いていった。

 ヤマトとアスカの方へ、まるで生き物のように襲いかかってくる矢の嵐。自分たちは今、仮のからだ『ゴースト』でそこにいて安全だとわかっているのに、反射的にからだをすくめて、防卸しようと身構えてしまうほどの攻撃だった。

「きゃっ!」

 アスカが思わず短い悲鳴をあげた。ヤマトがふりむくと、体を射抜かれた人が矢に刺ささったままこちらへとんでくるのが見えた。ヤマトが反射的にアスカの前に立ちはだかりアスカの体を抱きこむような姿勢をとった。ヤマトの体がアスカの体にふれると体感センサーの微弱な反応が伝わり、すこし肩を抱いたような感触が感じられた。

 抱きあった二人の体に、その死体は直撃するようにとびこんできて、二人の体をすり抜けると後方のはるか十メートル先の道路に激突した。最後の数メートルは体の一部が路面にこすれて、血の帯ができていた。

「アスカ、見ないほうがいい」

 ヤマトはアスカの目元を手で覆って見せないポーズをとった。だが、アスカはその手をくぐり抜けると、路面との摩擦で体の一部が削れた死体に目をやった。

「タケル、へんな気づかいはいらない、こんなことで動揺するような神経じゃあ、パイロットはつとまらない」

「それより、レイは?」

 ハッとして、セラ・サターンがいたほうをふりむいた。

 セラ・サターンは体に何本の矢をうけ、膝をついていた。

「アスカ、ぼくは戻るよ。君も戻って」

「あたしも?」

「ああ、君のコックピットにレイの母親が出現しているかもしれない。対処しないと」

「そういえば、さっき直接攻撃受けたって」

「ああそうだ。はやくもどらないと、キミは無防備の状態で攻撃を受ける」

「対処法はあるの?」

「こちらからも直接攻撃できる。殴ればいい」

 アスカの顔が輝いた。ヤマトにはそうみえた。



「いいわね、それ」

「嫌な女をぶっとばして、今の最低な気分を帳消にしてもらうことにするわ」

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