第96話 まったくその通りだ。君が絶望したら人類は終わるかもしれない

「あぁ……、ああ……、そうだね」

 ブライトがたまらず、もう数歩、足を進めた。興奮しているというより、すでに何かに酔っているような目。

 ヤマトはブライトのうしろで事態を見ている他のクルーたちの様子にちらりに目をやった。アイダ李子は冷静な視線で、リョウマの状態をあくまでも客観的に分析しているように見えた。人間ではないものの精神分析ができるわけがないのだから、本当にそうしているとしたら、これはもう職業病なのかもしれない。

 だが、エドやアルよりはましだった。エドはいつものように、どう対処していいかわからずメガネをいじくり回しているし、アルは何かあった時のためいつでも飛びかかれるように身構えている。だが、手に持つ武器が整備用の工具だということに気づいていない。まったく頼もしいかぎりだ。ヤマトは心の中で毒づいた。

 春日リンは冷静な視線で、事態をあくまでも客観的に分析しているように見えた。が、表情ひとつ変えず立ちつくしているように見えながら、指先を小刻みに震わせている。おそらく思念で関係各部署に援護要請や指示をとびしているのだろう。知らず知らず指が網膜に映っているメニューを操作しているに違いない。

 ヤマトは、自分の背中にしがみついているアスカの様子をインフォグラシズを通して確認した。教会の入口、リンたちのうしろの方から祭壇を映しているカメラが、自分たちを真横からとらえていた。映像をズームしてアスカの表情を追う。アスカはリョウマを睨みつけていた。その下にどんな感情をおし隠しているかまではわからなかったが、目を離さないことで、彼女なりに現実と対峙していた。

「なぁ、リョウマ、そんなに一人で苦しむ必要はない。私たちにも背負わせてくれないか

 ブライトがことさら憐れな様子を強調した口調で言った。

 ヤマトは焦りを感じている自分に気づいた。このことはどんなことがあっても公になってはならないことなのだ。自分が、いや自分たち歴代のエースパイロットが、精神を病むほどの苦しみを背負い、気が遠くなるほどの犠牲をはらって、守り通してきた秘密なのだ。

 リョウマが口を開いた。

「ぼくはプルートゥと一体化してすべてのことを知った。彼らがいた世界とぼくらたちの世界との関わり……」

「教えられたり、伝え聞いたんじゃない。彼とのつながりが深くなっていくうち、いつの間にか知っていたんだ」

 そこまで言って、リョウマはふいに黙りこんだ。 

 ブライトは苛立つ感情を押し殺すように、ゆっくり噛んでふくむように言った。

「なにを……、なにを知ってしまったんだ」

「なにもかも……」

「リョウマ、言うんじゃない」

 ヤマトが押し殺した声で、リョウマに圧力をかけたが、リョウマは続けた。

「彼らが、デミリアンがなにものかを知った。なぜ亜獣があらわれるのかを知った。ヤツラが本当はどこから来るのかを知った」

 リョウマが悔しそうに顔をゆがめた。

「本当に知りたくなかった」

「だって、彼らは、ぼくらがデミリアンと呼んでいるものは……」

「リョウマ!!、言うな!!」

 ヤマトは今まで出したことのないほどの大声でリョウマを制した。

 リョウマはヤマトの方へ目をむけた。

「タケル、キミは、すべて知ってるんだろ」

「あぁ、残念だけど、全部知っている。だから君はそのことを口外しちゃいけない」

「キミは……、キミは、なぜ泣き叫ばずにいられる。なぜ絶望せずにいられる。なぜ気が狂わずにいられる!」

 ヤマトはリョウマの目をぐっとにらみつけた。

「ぼくには絶望することは許されてない……。もし、ぼくが絶望したら……」

「人類が滅亡する」

 リョウマが自嘲するように口元をゆるめた。

「タケル、まったくその通りだ。君が絶望したら、人類は終わるかもしれない」

「でも、ぼくには君が、いっぱいの狂気で、正気を保っているように見えるよ」

 ヤマトは苦笑した。

「リョウマ……。いや、君はおそらくリョウマの意識とつながった素体のようなものなんだろうけど……」

「ぼくの気持ちを代弁してくれて……嬉しかったよ」

「揺るぎないな、キミは。今までキミはそれを一人で抱えていたんだね」

「あぁ、その通りさ。そしてこれからも一人で抱えていく」

「さよなら、リョウマ」

 ヤマトはくるりとリョウマに背中をむけると、うしろにいたアスカの体を抱きかかえて、リョウマから離れるように空中に飛んだ。

 

 その瞬間、リョウマが炎につつまれた。

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