第95話 おまえはリョウマじゃない
「まずい」
ヤマトはアスカのほうに駆けよった。アスカの目はすでにリョウマにくぎづけになっていた。ぼう然とした面持ち。ショックのせいなのだろうか唇がわなないている。
「アスカ、あれはリョウマじゃない」
ヤマトはことさら力強い口調でアスカを正気に戻そうとした。しかし、司令室の面々も大きな衝激を受けていることに気づかなかった。
「リョウマ君なの?」
春日リンが思わず漏らした。ヤマトは顔をしかめた。せっかく疑念を払拭したというのに、リンのことばが間違った事実を追認しようとしている。
「リンさん、ちがいます。あれはリョウマに化けているだけです」
リョウマがどーんと人間離れをしたジャンプをして祭壇をとびこえた。
ヤマトとアスカの前に立ちふさがった。
この間合。リョウマが腕を刃物に変化させて一閃しさえすれば、ひとたまりもなく、ふたりとも消し飛ぶ。そんな近さだった。
「アスカ……」
リョウマがふいにアスカの名前を呼んだ。ヤマトは顔を見るまでもなく、アスカがハッとしたのがわかった。ヤマトはすっとブライトたちの方の視線をむけた。誰かしら武器を携帯しているのなら、このリョウマに化けたヤツを撃ってほしいと願った。だが、ブライトたちは目の前で起きている、不可解な現象に呑まれて身動きできずにいた。
「ヤマトタケル」
リョウマがヤマトの名を口にした。ヤマトは動じることはなかった。彼は、いや、目の前にいるコイツは、ヤマトタケルを殺しにきたのだ。名前を口にして当然だ。
だがリョウマは予想もしないことばを続けた。
「ぼくも知ってしまった……」
「知りたくもないのに……、ヤツに……、頭の中に……、ねじこまれた……」
そのことばに、ヤマトは鼓動が高まるのを感じた。ごくりと唾をのみこんだ。本能的にこれはとてもやっかいな状況になりそうなことがわかった。
「君はリョウマじゃない」
ヤマトは明瞭に否定した。もしこのあとに続くことばがあったとしても、何者かの戯言に過ぎないと印象づけたかった。
「あれは……、人間が知ってはいけない、踏みこんではならないことだ……った」
「そうだろ。タケル」
その言葉づかい、声色、表情はまさにリョウマだった。
「おまえはリョウマじゃない」
もう一度鋭い口調で否定すると、ヤマトは祭壇の上に置かれた燭台に手を伸ばし、リョウマにむかって投げつけた。リョウマの腕が一瞬にして硬化し、鋭利な刃物へと変化し、投げつけられた燭台をまっぷたつにした。
「ほら、おまえはリョウマじゃない」
ヤマトはそこにいる化物の正体を晒してみせ、どうだという表情をブライトたちのほうに向けた。
だがブライトの表情はヤマトが期待したものとは違っていた。
恐怖、驚愕、落胆、それらのうちのどれか、もしくはそれと同等のネガティブな感情がそこにあるべきだった。だがそこにあったのは、まったく逆の反応だった。ブライトの頼はいくぶん紅潮し、目は期待と希望にぎらぎらと輝いているように見えた。
「リョウマ、ブライト司令官だ。わかるか」
ブライトが数歩よろよろと前に歩みでた。それでもこちらとは十メートル以上離れている。やさしげに声はかけているが、信用はしていないのだろう。だが、思わず前のめりになってしまっているのも事実だ。
ヤマトは急いで否定する必要があった。
「ブライトさん。あいつはリョウマじゃない!」
だが、リョウマに化けた化物は、リョウマの実直そうな笑顔をつくって言った。
「やあ、ブライト司令」
ブライトはにこりと笑いを見せると、もう数歩だけ歩を進めた。
「リョウマ、教えてくれないか?。君が知ってしまったこととは何だ?」
「人間が知ってはならない真実だよ。ブライト司令」
ヤマトはブライトの口元があからさまにほころぶのがわかった。
「もしかしたら、それは『四解文書』と関係があるのか」
リョウマの目が急にうつろに沈んだようなものに変わった。落胆したのか、おびえているのかからない。
「教えてくれないか、それを」
「教え……られない」
「なぜだ。君ひとりで抱えきれない内容なら、私に、いや、私たちでわかちあおう。きっと心の重しが軽くなるはずだ」
「だめだ。知りたいと、知っていいは、同義語ではない」
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