第89話 レイ、そのままゲートの方から出撃レーンにむかってくれ

 アスカはぼう然として立ち尽くしていたが、ヤマトは構わず銃を発射した。

 アスカが敵の正体を見てしまうのを止められなかったのは残念だったが、悔やんでいる時間はなかった。やや側面から撃つことになったが、銃弾は見事に敵の顔をとらえた。そう見えた。

 だが、瞬時に敵は腕の形を盾のように変形させて、着弾を防いでいた。弾丸をはじく強固な盾。ヤマトは目を見張った。その変形し、硬化する腕は先ほど兵士が戦っているときに見ていた。だが、その時は鋭い刃だった。今度は平たく硬化し防御の道具に変形している。

「いくつ変形パターンがあるんだ?」

 ヤマトはもう数発、弾丸を送りこんで叫んだ。

「アスカ!。こっちへ来い!」

 だが、アスカは見動きしなかった。まずは彼女を正気に戻す必要があった。ヤマトはアスカの方へ駆けよると彼女の手をとり力強く引張った。

「アスカ、そいつは兄さんじゃない。君の兄さんに化けた刺客だ。逃げるよ」

 ヤマトに引きずられるようにしてアスカはよろよろと歩きはじめた。

「レイ、援護を頼む」

 アスカの手を引きながら、二階にむかう階段に足をかけてヤマトが言った。

「了解」

 その声が聞こえると同時に背後で、銃撃音が響いた。

 ヤマトにはふりむいている余裕はなかった。レイの渾身の援護射撃も、おそらく数秒程度の足止めにしかなっていないのはわかっていた。

「レイ、そのままゲートの方から出撃レーンにむかってくれ」

「タケルは?」

「アスカと一緒に非常用の通路から、出撃レーンにむかう」

「非常用の通路って?」

「こういう事態を想定して作られた脱出ルートさ」

「大丈夫なの?」

 ヤマトはレイの自分を守るという使命感に、あまりに執着してすぎることに、いらだちを覚えた。

「大丈夫さ?」

「わたし、タケルを守れなくなる」

「構わない」

「今は一人でもパイロットが出撃できる状態にいることのほうが重要だ」

 一瞬、レイが返答に困っているような間ができた。だが、すぐに返事があった。

「わかった」

 レイがやっと納得してくれてヤマトは心底ホッとした。

 ヤマトはアスカの手を握りしめたまま、一気に階段をかけあがった。一瞬、足手まといになるのでは、と危惧したが、アスカはヤマトの駆けあがるスピードについてきていた。 階上まであがりきったところで、ヤマトはアスカの方をふりむいた。

 アスカはショックの色を顔のそこかしこに残していたが、それでもしっかりと前をむいていた。あれが兄であっても、そうでなかったとしても、自分たちの命を狙っている『何か』だということは理解している。そんな顔つきだった。

 レイの援護射撃は階下でまだ続いていたが、さらなる数秒分の目くらましにすぎない。そうヤマトは心得ていた。間髪をおかずにあのリョウマに化けた何者かは必ずこちらに追いついてくるはずだ。

 ヤマトは二階の通路を走りながら、壁のつきあたりにむかって大声で「ヤマトタケル、ゲートオープン!」と叫んだ。すぐさま、ヤマトの声に通路に設置されたセンサーが反応して、一斉に稼動しはじめた。廊下の上部にある各センサーがチカチカとまたたく。

 正面の壁の真中が大きく開きはじめた。

 ヤマトは走るスピードをいっときも緩めることなく、通路の突きあたりの壁に突進した。ヤマトはふりむいてアスカを見た。アスカは隠し扉に当惑しているように見えた。重要な脱出経路をまったく聞かされてなかった、ことに戸惑っているのだろう。

 半分ほど開いた入口へ、体を精いっぱいかがみこんで、ふたりはくぐり抜けた。

「ゲート・クローズ!」

 ヤマトはふりむきもせず叫んだ。呼応したシステムがすぐに扉を閉じはじめた。

 ふりむいて敵がどこまで迫っているか確認する必要はなかった。インフォグランズに映っているカメラの映像で位置は把握していたし、たとえここで振り切れたと思っていても、体の一部を硬化できる化物だ。あの通路入口の壁を破壊して、この通路に必ず侵入してくる。


 だから自分たちにできることは、さらに遠くへ逃げ続けることしかない。

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