第86話 こうやって身の丈だけになってしまっては、ただの『要警護者』でしかない。
非常事態だった。
ヤマトもラウンジが揺れるのを感じていた。さほど大きな揺れではなかったが、通路内にある三つの部屋のどれかで爆発があった、と考えるべきだった。この基地内に刺客を侵入させただけでも大問題なのに、いままさに何者かが自分を殺そうとしにきている。ヤマトは今までにない危機感を覚えた。
デミリアンに乗って亜獣と戦っているときの自分は無敵だという自覚は、常に抱いていた。それが、思いあがりだろうが、なんだろうが、自分にはそう思えた。
だが、ひとりのヤマトタケルという少年に戻ってしまった時はどうだろう。
くそ生意気な口を叩くくらいしかとりえのない、ただの高校生にしかすぎない。地球の救世主ともてはやされようと、最終兵器「四解文書」を知る人類の破戒者と
それでも警護できる人材が、傍らにいてくれれば、の話だ。
彼らは、ぼくを守ることができるだろうか?。
バットーが出ていったあと、部屋の入口に目をむけたまま、動こうとしない兵士たちを、うしろからながめながらそう思った。
ヤマトはレイとアスカに連絡をとるため耳元に装置したイヤリングを指でつまんだ。これを使えば、思い浮べた相手に直接思念をとばすことができる、体内埋込み型テレパスラインの代替品。ヤマトは両方同時に語りかけたが、レイだけが即座に反応した。
「タケル、今、隣の部屋が揺れたわ」
「レイ、今どこだ?」
「トレーニングルーム」
ヤマトはレイのことばから、爆発があったのが瞑想室であると特定した。
「レイ、そこの入口にカギをかけて動かないで」
「そうはいかない。わたし、あなたを守らないといけないもの」
「レイ、無理だ。できやしない」
「できるわ。バットーから銃を受けとったもの」
ヤマトは思いもよらない返答に驚いて、思わず甲高い声をあげた。
「バットーから銃を?」
「えぇ。気持ちよく貸してくれたわ。だから、これであなたを守ってみせるわ」
レイにはめずらしく高揚していた。ヤマトは自分たちにニューロンストリーマのような思考が共有できるデバイスが埋め込まれていなくて良かったと感じた。もしそんなものがあったら、レイの高揚感が伝播して、こちらも心を乱されていたかもしれない。
「今、一人?。アスカは一緒にいる?」
「今は二人、護衛の兵隊さんと一緒。アスカは知らない」
ヤマトは額に手をやり、アスカがこの時間にどこにいるのか思い出そうとした。もう一度、心で念じてアスカを呼びだす。
『アスカ。応えろ。アスカ!』
しかし、応答がない。このエリアにいるのは間違いないはずだ。もしかしたら通信装置をはずしているのかもしれない
『くそ、時間までアスカを呼び続けるしかない……』
ヤマトはそう呟いて、はたと考えた。
時間まで?。
なんの時間だ?。何の時間まで、と自分は、今思ったのだろう。
ヤマトは混乱した。
だが、ひとつだけ、間違いないことがある。
なんの時間かはわからないが、その時間はそれほど残されていない。
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アスカは湯舟につかったまま、浴室の天井を仰ぎ見た。天井には各チャンネルのニュース映像が映しだされている。どのチャンネルの映像も、数時間後に予定されている亜戦との戦いについての報道で埋め尽くされていた。
戦場になると想定される場所の人々の、避難の様子。
殺到するスカイモービルで混雑するパルスレーン。昔ながらに地面を車やバスで移動している人々。おどろいたことに徒歩で逃げている者も混じっていた。誰もがすこしでも現場から離れようとしており、みなパニックになっていた。
何人かの避難者たちがインタビュアーに促されて、なにかしらの意見を述べている。アスカは音声も字幕もオフにしていたので聞こえなかったが、その顔つきや、身ぶり手ぶりの感じから、国連軍へのネガティブな意見だというのはすぐに感じとれた。すくなくとも、、これから命がけで戦おうという国連軍へ、彼らからは感謝や応援の気持ちはみじんも伝わってこない。
「あったりまえよね」
アスカは呟いた。
三十メートル級の巨体が自分の家の近くで暴れまわるのだ。たとえ命が助かったと喜んでも、前の生活に戻れる保証はないのだ。
アスカはなんとはなしに、すうーっと自分の乳房に手をはわせた。
「また大きくなってる……」
兄は女としての魅力が増してる、と、いやらしげな感情抜きに心の底から喜んでくれたが、アスカは嫌だった。パイロットとしてヤマトをこえてみせるという目標の前には、この重量の増加は可動域を狭め、パイロットとしての可能性を縮小していく。
「もう嫌!」
アスカは大きな声をあげた。浴室内に声が響く。
その時、階下でくぐもった音がして、浴室がわずかに揺れたような気がした。
「何?。いまの?」
階下には、何人もの兵士たちが詰めていたはずだ。
彼らが何かをしたのだろうか?
いや……、それとも何かをされたのだろうか?
アスカは今になって、自分がなにも身に着けてないことに気づいた。服だけではない。、外部と連絡をとるためのデバイスを何も身につけてないのだ。
アスカは、こんなに無防備な気分になるのははじめてだった。
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