第72話 あれほどの兵力を指揮できるのはうらやましいな

 その日の未明にシミュレーション訓練が行われることになった。

 実戦を想定して、同じ時刻、同じ街並みでの、実弾を使ったシミュレーション訓練だった。

 デミリアンに搭乗したヤマトとレイは電磁パルスレーザーの力で持ちあげられ、富士山麓のシミュレーションエリアにむかった。上空から見下ろすエリアはヤマトには慣れ親しんだ風景だったが、今夜だけはいつもと様相を変えていた。


 すでに亜獣予定地域の街並みが素体によって再現されていたが、道路やビルのイベントスペースや駅のロータリーなどに、国防軍の自走式重火器や八つ脚歩行する戦車、重装歩兵と言われる戦闘ロボットなどが、所狭しと配備されていた。特に亜獣の正面には、一度に百発発射可能なランチャーミサイル兵器、その背後にはレーザー砲を装備した二足歩行ロボットが数基準備されるという物々しさだった。街中の電気が消灯されて、月明かりだけが辺りを照らしているだけなので、超高感度暗視カメラを通して見なければ、それほどの兵器がひしめいているとはとうてい思えなかったが、おそらく一個旅団程度は動員されているのだろうとヤマトは推察した。

 その陣形の最後方には、シン・フィールズ中将が乗る作戦本部のトレーラーが控え、そして最前列にはアスカのセラ・ヴィーナスが待機していた。

 作戦はこうだった。

 万布をまとったヤマトのマンゲツと、レイのセラ・サターンが、亜獣アトンを挟み込むように横から襲撃し、アトンの反撃を陽動。アトンが針の矢を発射しようとする瞬間、国防軍の各兵器がアトンに一斉射撃する。すぐにアスカのセラ・ヴィーナスが大型の万布のゲージを陣形の前に掲げて、アトンの針の矢から国防軍を守る。

 そしてそれをうまくいくまで反復する。

 その間に、どの兵器からの弾でもいいので、ひとつでも着弾できれば、それで勝負は決するのだから。

 ヤマトはモニタ画面で、アスカの様子をみた。出撃時は、護衛にまわされたことに不満たらたらだったが、今は自分の役割をしっかりと努めることに注力しているように見えた。

 電磁パルスレーザーの力が弱まり、すこしづつヤマトとレイは地面のほうへ降り始めた。すぐ目の前にある超高層ビルを挟み込むように、お互いが百メートルほど離れた位置へゆっくりと降り立つ。

 ヤマトは司令部の映し出されたモニタにむかって「ヤマト、準備完了!」と言うと、レイもすぐに「レイ、準備完了」と続いた。アスカは一拍置いたのち息を吐きだすように、「アスカ、準備完了」と合図を送った。


 上から大型の素体が降りてくる。すでにこちらも準備済で、白い巨体が亜獣アトンの姿に変形し、表皮がマッピングされていく。エドの話しでは針の矢は、素体では再現しにくいので、そこは光の矢を放つことで代替する、とのことだったが、降りてきている外見は、まごうことなき亜獣アトンそのものであった。

 国防軍のシン・フィールズ中将の作戦室の映像に目をやると、その再現性に驚いているのか、ごくりと息をのむ姿が見て取れた。おそらくここにいる兵士にとっては、はじめての亜獣掃討作戦に、みな同じような緊張感で臨んでいるに違いない。

 司令部からブライトが命令する声が聞こえた。


「戦闘開始だ」


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「あれほどの兵力を指揮できるのはうらやましいな」

 戦闘訓練をいつものようにモニタルームから見ていたブライトが、うしろの席に控えているミライに呟くように言った。

「ですが、いまや半分はロボット兵ですよ。それでも?」

「あぁ、階位が高いということは、それだけ多くの兵力を指揮する権利を与えられたということだ。本来なら、わたしは一個師団、一万もの兵力を指揮できる立場なのだよ。シン・フィールズ中将とおなじようにね」

「だが、わたしにあてがわれた戦力は、あのデミリアン三体だけだ」

「そうですね。でも、あのデミリアン一体はどれほどの戦力だとお考えですか?」

 ミライがブライトにかけたその口調には、どこか駄々っ子をなだめるような、そんなニュアンスが感じとれた。だが、嫌な気にはならない。

「わたしが国連軍への配属を希望したのは……、いえ、なにより、この国連軍日本支部を希望したのは、あのデミリアンがいるからですよ」

 ブライトはゆっくりとふりむいてミライのほうを見た。

「なぜかね?」

「当然でしょう。ここは亜獣と戦える唯一の武器を持っているのですよ」

「数ヶ月前までは、その武器は一体しかなかったというのに?」

「その一体が一個師団に匹敵します。あ、いえ、それ以上かもしれません。世界中のすべての兵力をつぎ込んでも勝てない未知の敵を、この一体はいともたやすく倒すのですから」

 

 そのことばにブライトは心が軽くなるのを感じた。この女、ヤシナ・ミライという女は副司令としての職務はもちろんだが、上司の扱い方を驚くほど心得ている。

 最初に副官としてあてがわれたとき、ブライトには戦歴や経験がすくないことが気になっていた。巷間ささやかれているように、財力をもってその地位を買った、とは信じてはいなかったが、常人にはおよびもよらない大きな力が働いている可能性は感じていた。しかし、彼女はこちらの問いかけに対して、偏見を交えないニュートラルな意見を述べた。押し着せがましくなく、それでいながら控えめが過ぎてネガティブにとられることもない、絶妙なバランス感覚。しかも常に正鵠を射ていた。

 その反面、想定外や突発的な事案には弱く、感情や行動を揺さぶられる危うさはあったが、それを補ってあまりある優秀な副官だと感じていた。

 

 残念なことに、この部署は常に「想定外」が日課になっているため、もっぱら彼が頼りにするのは、春日リン、のほうではあったが、その女に背を向けられた今、自分が頼るべき者は、ヤシナ・ミライのような資質の者なのかもしれない。

「一斉射撃開始されます!」

 ミライが事務的な口調で言った。


 国防軍の一斉射撃が開始され、おびたただしい量の砲弾やレーザーが発射されたのが見えた。かなたにいる亜獣アトンのからだに着弾し、目もくらむような火花があたりを照らしだす。

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