第71話 私には一秒たりとも、連絡がとれない、という状況が許されないのでね

「だから何度も言っているでしょ。ぼくは瞑想室にいたって!」

 草薙が取調室横に設置されている控室に入っていくと、声を慌げたおとこの声が耳にとびこんできた。本当は取り調べに参加させて欲しいと申し出たのだが、許可されたのは、シークレットガラス越しでの閲覧のみだった。

 案内してきたトグサ弟は、おとこの表情が見えやすい正面にある椅子へと草薙を促した。

 草薙はシークレットガラス越しに男の顔を見た。25世紀にはめずらしい、すこぶる厳つい顔をしていた。見る人によっては味があるという言い方もできただろうが、一般的にいえば醜男の範疇にはいる顔つきだ。目は細いうえに小さく、鼻は大きくでんと顔の真中に鎮座している上、押しつぶされたように横に広がっている。短髪に切りそろえられた髪形には精悍さはなく、むしろ高圧的な顔だちをさらに際立たせてみせた。

 顔などは流行にあわせて、いかようにも整形できるはずなのに、その顔を選択して生きていることが不思議でならない。

「刑事さん。刑事さんは、瞑想室に入ったことないですか?」

 取り調べをおこなっているトグサ兄は、目の前のおとこから思ったほどの成果がひきだせないせいか、苛立ちを隠せなくなってきていた。

「いや、ないな」

 おとこは、ありえない、とばかりに目を丸くしてみせた。

「刑事さんは、見たこと、聞いたこと、考えたこと、なんでも共有されることに、うんざりしたことないですか?」

「ん、まぁ、なくはないが……」

「瞑想室は、すげー合金使って作られてて、音とか、電波とか……、まぁ、そーいうの何もかも遮断して、完全に一人っきりになれるんですよ」

「ああ聞いたことがある」

「誰からも干渉されない、AIに監視されることもない、勝手に人生のログをとられることもない。中、入ると、自分の声すら打ち消されて、まったく聞こえなくなってしまうんですから」

「ほう。だが、それで何を?」

「癒しですよ。癒し!」

 何とも微妙に噛みあわない男と、トグサ兄の会話は聞いていてもしかたがなそうだった。

草薙が途中で切りあげようとすると、トグサ弟がとつぜん話しかけてきた。

「草薙大佐は、瞑想室を利用されたことがありますか?」

「いや」

「私には一秒たりとも、連絡がとれない、という状況が許されないのでね」

「あ、はい……。なるほど……」

 トグサ弟は落胆の色をかくせない様子で、何とも間の抜けた返答をしてきた。どうやら顔に似合わず、狭い空間に他人といて沈黙を保つことに耐えられないタイプらしい。

 草薙は意気消沈した表情の、トグサ弟に声をかけた。

「トグサ中佐。もう一人容疑者がいたと思ったんですが……」

「ああ。防磁ヘッドギアをつけていた男ですね」

「防磁ヘッドギア?」

 草薙が反芻した。その反応に、あわててトグサ弟が言い直した。

「犯行時刻に生体ビーコンが消えたっていう男なんですが、電波や超電磁波を遮断する簡易ヘッドギアをつけていて一時的に、居場所が特定できなくなったって、ことらしいです」

「で、その男は何のためにそんなものを?」

「浮気ですよ。まだ日も落ちてないってーのに、どっかの男のかみさんと、しけこんでいたらしいです。しかも勤務時間中にですよ」

「まぁ、仕事を趣味や生き甲斐のひとつ、と考えているヤツもいますから……いや、まぁ。でも、俺は違いますけどね」

 トグサ弟の、自分はしっかりとした職業人である、というアピールが面倒臭かったので、草薙はすぐに次の質問をした。

「で、おんなの方も?」

「あ、えっ、どういう?」

「おんなのほうも、ヘッドギアをつけていたの?」

「えぇ、まぁ。そうらしいです」

 草薙の頭に、裸の男女が奇天烈なヘッドギアを着けたまま、よろしくやっている姿が浮かんだ。草薙はその姿で興奮できることに少なからず驚きを隠せなかった。

「で、容疑は晴れたの?」

「あ、はい。完全なアリバイがありました」

「となると、容疑者はいまだ行方不明の病理研究所の所長だけか」

 トグサ弟がおどろきを隠せない様子で、シークレットミラーの向こうの取調べ中の男のほうをさししめした。

「あの男は容疑者じゃないと?」

「あれが手際よく人を殺すような男に見える?」

「あの腕っぷしをみなさい」

 トグサは草薙に促されて、男の隆々ともりあがった腕を見た。

「トグサ中佐。あなたと同じタイプのマッチョマン。もし人を殺すとしたら、その腕っぷしを見せつけるように『撲殺』を選ぶでしょ」

 トグサが妙に納得したという顔をむけた。

 その時、ドアをノックする音がして、取調室にひとりの兵士が入ってきた。兵士は容疑者から隠すようにして、取調中のトグサ兄にペーパー端末を見せながら、耳元で何かを囁いていた。それを聞いているトグサ兄の顔がみるみる沈んでいく。どうやらポジティブな情報ではないらしい。

 トグサ兄はゆっくりと立ちあがると、目の前の容疑者に丁重に頭を下げ、退室を促していた。トグサ弟はそれをじっと見守っていたが、そのあいだに連絡があったのだろう。突然、トグサ弟が草薙のほうへ向きなおると、姿勢を正してから言った。

「草薙大佐、犯行現場で採取された体液から、犯人の性別が判明しました」


「女です」


 それを聞いた草薙は、かしこまったトグサ弟の肩をぽんぽん叩いて「イズミ・シンイチのヒアリングの時には、取り調べに立ち合わせてほしい」と言うと、部屋を出ていった。

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