第57話 もし持ちこたえきれなかったら、レイはそれまでのパイロットだった、ということだよ」
レイが亜獣アトンの背中に隠された大きな尾っぽに打擲され、地面にたたき伏せられたのを、司令室のモニタで見せつけられたブライトは、ことばをうしなった。またしても、こちらの先入観がピンチを招いた、と感じた。
「エド、この尻尾の武器には気づかなかったのか!」
いくぶん腹立ちまぎれの気持ちで、エドを怒鳴りつけた。エドはすでにアトンの体内スキャン3D映像を指でこね繰り回していた。
「エド!!」
ブライトが声を荒げる。
エドは声がひっくりかえりそうなほど、あわてて言った。
「あ、いえ、前回出現時にはあんなものありませんでした。3Dスキャンでも、サーモデータのどちらにもないです」
リンが口をはさむ。
「じゃあ、あれはあらたに生えたものだっていうの?」
「ばかな。逃がしたあとに進化したというのか」
ブライトは唇を噛みしめた。甲虫とおなじような羽根と飛び方をするので、おなじような構造をしているだろうという思い込み。長足の進化をしたり、ほかの個体と融合することなど、頭をかすめもしない思い上がり。
カメラが、亜獣アトンの鈍重で獰猛な針が、倒れているセラ・サターンに再度襲いかかるのを捉えた。
「レイ!」
ブライトが思わず声をあげた。
横たわったまま腕を上に挙げて、レイは万布の盾で針の直撃を防いだ。だが、尾っぽの威力は凄まじく、盾の上からの衝撃で、セラ・サターンのからだを地面にめり込ませた。
『この攻撃を受け続けたら、もたない』
ブライトはヤマトの助けを請うた。
「ヤマト、レイが危ない!」
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あともうすこし、切っ先をずらすだけで雌雄は決する。
たった数十センチ刃先を傾ければ終わりなのだ。ヤマトはぐっと奥歯を噛みしめた。
だが、プルートゥの力は予想外に強かった。刀をもつ腕をつかまれたまま、どんなに力をこめてもピクリとも動かなかった。おもわず口からことばが漏れる。
「くそぉ、リョウマぁぁぁ……」
ヤマトは、サブモニタにある、プルートゥのコックピットの内部に向けられた映像に目をむけた。映像は薄暗い室内にフォーカスしていき、徐々にはっきりと見えてきた。
室内には細い糸状の血管や神経のような器官の一部に見えるものが、網状に張り巡らされていた。その一部はマンゲツの刃によって薙ぎ払われ、すでに機能はしていないことがわかった。だが、真ん中に鎮座しているおおきな物体だけは、青白い光につつまれて全体が脈打っている。
これの部位さえ破壊できれば、すべてが終わる。
ヤマトはハッとした。それは驚いたことにまだ人間の形をしていた。
これはどう解釈すればいいのか……。もう手の施しようがないはずだ。それは疑う余地はない。だが、リョウマの痕跡が色濃く残ったこの姿をみれば、ヤマト自身でさえ、もしかすると……、という期待が湧いてくるのは否定できなかった。
司令部の面々やアスカがこれを見れば決意が揺らぐ可能性がある。
いますぐそんな希望は断ち切らねば、とヤマトは心に決めた。なにがなんでも、ここで幕引きをしてやる、という決意に、マンゲツが手にしたサムライソードに力がこもった。
「マンゲツぅぅぅ……、力を貸せえぇぇぇぇ」
マンゲツのからだに青い光が走り、刃先にむかって勢いよく集まりはじめる。
「刀が動かせないなら、切っ先を大きくしてやるだけだ」
青い光が集まりはじめた刃先部分が、徐々に肉厚に膨らみはじめた。シートに座っているリョウマの首筋めがけて、ゆっくりとそれが迫り出し、近づいていく。
「もっとだ!」
ヤマトがマンゲツにむかって叫んだ時、ブライトの声が聞こえた。
「ヤマト、レイが危ない!」
ヤマトは軽く舌打ちして、ちらりと正面モニタに目をくれた。そこに亜獣アトンの攻撃を受けて、なすすべもなく地面に組み敷かれているセラ・サターンの姿があった。
「ブライトさん、もうすこしなんだ!」
「ヤマト、レイはもう限界だ」
「こっちを始末してからだ」
「貴様ぁ、これは命令だ」
モニタのむこうのブライトの怒りが伝わってきた。
「もし持ちこたえきれなかったら、レイはそれまでのパイロットだった、ということだよ」
「なにを言ってるの、タケル」
ヤマトのことばに噛みついたのは、ブライトではなく、リンだった。
「リンさん、邪魔しないで」
「レイが、レイが危ないのよ」
「わかってるよ!」
ヤマトは声を荒げた。このやりとりで集中力を欠いてしまい、サムライソードの刃の厚みがふやせずにいる。ちらりとレイ側の映像を見た。レイのセラ・サターンはアトンが上から振り降ろしてくる尻尾の強烈な攻撃を、万布の盾を掲げて必死で受けていた。遠目にみても受けるのが精一杯だというのがすぐにわかったし、あれを一撃でも受け損ねたら、ただでは済まないという状況も理解できた。
だが、ヤマトはレイを救うことよりも、この目の前のリョウマを、亜獣プルートゥを倒すことを選択した。
集中しろ!。
その時、レイを映しているモニタのなかで、あれほど容赦のない攻撃を繰り返していた亜獣アトンがうごきをとめたのが見えた。と思う間もなく、羽根の上の
『まずい!』
ヤマトはその状況をすぐさま理解した。
「マンゲツ!。頼む、あとすこしだ」
だが、マンゲツの頭から、表皮を這うように刃先にむかっていく青い光は、ヤマトの期待には応えてくれようとしなかった。さきほどよりスピードは遅くなり、またたきが弱くなっている。
ヤマトの焦りが募る。
プルートゥのコックピット内にフォーカスしている映像を見る。
厚みを増したサムライソードの切っ先は、リョウマの首筋をしっかりととらえていた。刃先がリョウマの首に触れ、一条の血がつぅーーっと流れ落ちるのが見えた。
「あと、すこし!」
が、そこまでだった。
空から針の銃弾が降り注いだ。
針は両手で刀の柄をもったまま
その緩みをプルートゥは見逃さなかった。プルートゥは掴んでいたマンゲツの腕を力任せに横にふった。マンゲツはひとたまりもなく、空中に放りだされ、そのまま地面に激突した。マンゲツの背中が子供向け遊具のいくつかをなぎ倒す。からだに刺さっていた針が、衝撃でさらに深く食い込み、ふたたび衝撃的な痛みがヤマトを襲った。今度は我慢できず、思わず苦悶の声を漏らした。
一瞬ののち、痛みが遮断されても、ヤマトの目はかすみ、視線がさだまらなかった。だが、早く体勢を立て直さねば、という強い気持ちだけは切れなかった。
プルートゥの反撃を受けることだけは避けねばならない。ヤマトは身構えた。
だが、なんの衝撃も来なかった。
目をしばたいてあたりを見回す。ヤマトの気負う心に肩透かしでも食らわすかのように、辺りの気配はおだやかで、なんにも感じられない。すばやく周辺を映しているモニタに目を走らせる。
なにも居なかった。
足元のカメラの映像には、地面にびっしりと突き刺さった針の山。ヤマトはサムライソードの柄が転がっているのに気づいて拾いあげた。すでに光の刀身は光の力をうしなっている。先ほどまでプルートゥのコックピットに刺さっていたはずのものだ。
「司令部、どうなってる?」
「消えたよ」
ブライトが吐き捨てるように言った。
「逃げられたのか?」
「あぁ、そうだ」
ヤマトはため息をつきながら、絞り出すように訊いた。
「レイは……。レイはどうなった?」
そう訊きながら、レイのセラ・サターンを映しだしているカメラに目をやった。モニタに映っているセラ・サターンはちょうど、ゆっくりと身体を起こしているところだった。あの亜獣アトンの猛攻撃をなんとか、しのぎ切ったらしい。
「レイは無事よ」
リンの報告に続いて、エドが事務的に追加情報を付け加えた。
「アトンの活動限界時間が来てくれて、助かった、というところだ」
それを聞いて、ヤマトは胸をなでおろしている自分がいることに気づいた。あのとき、助けを断り、見限ろうとしたレイの無事を、今さらながら気づかおうとする態度は、自分でも偽善的とは思ったが、それでもホッとしたのは確かだった。
ヤマトは地面に転がっているサムライソードの柄を拾いあげた。
「ヤマト、帰投します」
ヤマトが司令部に告げると、モニタ越しにレイの「レイ、帰投します」という声が聞こえてきた。コックピット内の映像で見る限りでは、レイはかなり疲れ切っているように見えた。いや、もしかしたら彼女のことだ。亜獣を仕留め損ねたことに落胆しているだけかもしれない。
が、それは自分もおなじだ。
一回で仕留め損ねたのは、いつ以来だろうか?。
あと十体程度、ひとりでなんとかしてみせる、と豪語していたが、今回の戦いで亜獣の質があきらかに変容してきていると確信した。いままでS級と分類していた、つよい能力をもつ亜獣とはまたちがう種類の強さがあるように感じた。いくつもの能力を一体で有しているのみならず、それが変化したり、あらたに付加されていく、というのは、S級をしのぐと考えざるをえなかった。
亜獣の予想外な脅威的進化をみれば、この先、共闘できる者がいてくれるのは、けっしてマイナスではなさそうだ。ヤマトは心からそう思った。
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