第56話 隠し球があるのは、こちらだけじゃないってこと?
アスカはモニタ画面から目が離せなかった。
ヤマトのマンゲツがプルートゥに飛びかかり、馬乗りになるのが見えた。ヤマトは乗りかかるやいなや、肩口に突き刺さっているソードの柄に手をかけた。マンゲツの頭部から青い光が送り込まれ、力をうしなっていたソードの刃に力が戻っていく。
そのまま刃が深々とねじ込まれると、マンゲツのしたでプルートゥが痛みにのたうち回った。
アスカは、そんなプルートゥの姿から目をそらしそうになった。覚悟はできているはずだったが、冷静に見ていられるほどの余裕はなかった。
マンゲツがプルートゥの肩口からソードを引き抜いた。
そして、そのまま、なんのためらいもなく、リョウマがいるコックピットにむけて、刃を力強く、突き立てた。
アスカは悲鳴をあげそうになった。
だが、叫ばなかった。
腹の底からの恐怖も、胸の奥からの煩悶も、頭の頂点からの怒りも、すべての感情を断ち切った。まだ心臓はばくばくと驚くほどのリズムで脈はうっているし、からだ中、総毛立っていることもわかっていたが、自分をコントロールできていた。
アスカ、よく声をあげなかった。
あたしはアンタを褒めてあげる。
だが、勝負はついていない。
プルlトゥはマンゲツの手首を掴んでいた。サムライソードの光の刃を力づくで押しとどめ、切っ先を左側にずらしていた。
光の刃はコックピットの右側から左側に斜めに抜けていた。切っ先がコックピットの側面から突き出している。モニタ越しにでも、中央のリョウマにヒットしているとは思えないことがすぐにわかった。
ほんの数十センチずれていたら……。だがそんな僅差で、ヤマトはプルートゥを仕留め損ねていた。
司令室からヤマトへいくつもの指示が飛んでいた。だが混線して誰がなんの指示を出しているか、わからなかった。みなそれぞれの責務を負っていて、必死なのは理解するが、みな好き勝手言って現場を混乱だけ生じさせているようにしか見えない。
アスカは腹立たしかった。同時に自分の兄のことで、ヤマトの手を煩わせているのは、申しわけない、とも思った。
アスカはヤマトにむかって、腹の底から大声をあげた。
「タケル!!!」
「アンタぁ。はやく、そいつを、殺しなさいよ!」
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二度もピンチをしのいだことが、かえってレイを不安にさせた。
追いつめられて、ナギナタを投げつけるような悪あがきが、偶然アトンの急所近くを痛撃し、いままた、ジェットコースターのレールをナイフ代わりにするようなバカげた攻撃が、思いがけず奏功する。
奇跡的なタイミングが続きすぎる。
自分の生い立ちを考えれば、こんな僥倖に恵まれるのはおかしい。このあとになにか落とし穴が待っている、に違いないとレイは思った。
浮足だってはいかない。これは確かだ。
レイはアトンがひるんでいる隙に、ナギナタと万布を手にしていた。すぐさま右手にナギナタ、左手に万布を軽く巻きつける。
亜獣アトンはあきらかに警戒色を強めていた。なかなか向こうから仕掛けてこようとはしてこない。だが、このままだと時間切れになる。
どうする……?。
「レイ、アンタぁ、なににらめっこしてンのよぉ」
そんな思いに喝でも入れるように、アスカ本人の威勢のいい声が耳に飛び込んできた。
「にらめっこじゃない」
「じゃあ、お見合いよ、お見合い」
「お見合い……って……」
アスカがかんしゃくをおこすように怒鳴った。
「ん、もう、400年前にやっていた、なんかそういう儀式の……。もう、そんなのどうでもいいの。レイ、はやくそいつをやっちゃいなさいよ」
「それができなくて困ってる」
「アンタぁ、バカぁ。左手にもってるの万布でしょ。それ投げつけちゃいなさいよ」
レイはセラ・サターンが左手に巻きつけている万布を見た。
「これ、投げつけても倒せないと思う」
「もう、あいつ、目がほとんど残ってないでしょ。だから、そいつで残った目をふさげば……」
「わかった」
レイはアスカのアドバイスを途中まで聞いたところで、アトンにむかっていきなり突進した。アスカの提案する妙案を、とりあえず実践するのが得策という判断だった。この万布をアトンの顔に押しつけ、視角を奪うことができれば、一瞬だけでも隙ができるはずだ。アトンはもうすでに至近距離まで迫っていた。セラ・サターンが走りながら、腕に巻きつけていた万布を両手で開いた。
その時だった。
上から、頭上から、なにかがセラ・サターンを猛烈なスピードで襲いかかってきた。レイは反射的に、万布に「盾」と叫んだ。両手に抱えていた万布は、その場で瞬時に硬化し、盾状に変化した。が、上から襲いかかったきたものは、猛烈な力で盾を正面から打ち据えた。レイは盾でかろうじてその攻撃を防いだはずだったが、そのまま地面にたたきつけられた。背中に痛みが走り、レイは思わず「きゃっ」と小さな悲鳴をもらした。
なにかに襲われた。なにに?。
レイは自分に襲いかかったものの正体がまったく見えなかった。思考がみだれて、正面モニタには彼女の思考を読み取ったAIが、あらぬ方角のカメラ映像をめまぐるしく切り替えていく。
どこ?、どこから襲われた?。
レイは自分がパニック状態になっているとは思わなかったが、思考が定まってくれないことにいらだった。やがて、一台のカメラが、亜獣アトンの背後からの映像を選び出した。
アトンの大きく羽根を広げたまま立っている映像——。
驚いたことに、飛ぼうとする気配もなく、ただ羽根を大きく広げたまま、仁王立ちしていた。カメラはその広げた羽根の下、背中の位置から飛び出ているなにかを捉えた。
それは『尻尾』だった。『終体』と呼ばれる長く伸びた尾っぽの部分が、背中からアトンの頭のほうに、蛇のかま首のようにもたげていた。その先端には『尾節』と呼ばれる鋭い針のようなものがついている。
それはまるで羽根の生えたサソリだった。
「隠し球があるのは、こちらだけじゃないってこと?」
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