第39話 残念なことにリョウマ君は後者の30%のほうでした

 亜獣アトンの急所が判明したというエドからの報告で、緊急会議が招集されたのは、六時限目の「歴史」のはじまる直前だった。ヤマトは楽しみしていた授業が潰れてしまったことに、すくなからず落胆を感じたが、亜獣出現が迫るなか、これに参加しないという選択肢がないのはわかっていた。

 レイとともに会議室にはいると、すでにアル、エド、リンにくわえてアイダ李子が座って待っていた。各人とも手元をうごかして、なにかしらの操作をしていた。おそらく網膜に投影した映像を見ながら、これからの報告にそなえているのだろう。ヤマトたちが着席するとリンが近づいてきた。

「今日、アスカが退院したそうよ」 

 リンが報告データをチェックしているアイダ李子のほうに目をむけながら言った。

「アスカ、出れるの?」

 レイが素朴な疑問を口にしたが、李子が首を横にふってそれを否定した。レイは「そう……」とひと言呟くと、それ以上それについて言及しようとはしなかった。

 ブライトが入室してくると、すぐにエドが立ちあがって報告をはじめた。


「亜獣アトンの急所は首のうしろにあります」

 エドが空中に3Dグラフィックスで再現されたアトンの映像を表示させ、頭の部分を拡大させると、多数の目がある顔側とは反対の首のうしろ、人間でいうと延髄にあたる場所を指さした。

「ただ、ここは甲虫では『前胸背板』と呼ばれる甲冑のようなもので覆われていて、簡単には攻めることができないんです」

「目じゃなかったの」

 レイがぼそりと言った。

「あ、いや、申し訳なかった。あの時点では特定できなかった」

「そこ、裏側だったから、どっちにしろ私たちは無理だった」

 それを聞いて、ブライトがエドのほうに手を挙げた。

「エド、仮にだが、もしあのとき、リョウマの銃弾が予定通りの場所に着弾していたとしたら、どうだったのだろうか?」

 エドはあからさまに言いにくそうに、「あー、えー」ということばで言い淀んだが、やがて観念したのか、鼻梁びりょうに指をおしあてて、眼鏡を持ちあげながら言った。

「たぶんですが……倒せていました」

「あと……、0・5秒速ければ、急所は破壊できたと思います」

 それを聞いたブライトは忌々しげに机に拳をドンと激しく叩きつけた。

「ほんの一瞬……、ほんの一瞬ではないか……」

「えぇ……、残念です……」

 エドはまるで自分が悪いことでもしたかのように、消え入りそうな声で言った。

「だったら、次はぼくが撃つよ」

 ヤマトが沈み込みそうになった空気をふきはらうように言った。

「すまねーな、ヤマト、無理なんだ。あの銃はセラ・プルート専用で、ほかのデミリアンでは使えないんだ」 

「ではどうすればいい!」

 ブライトが苛立ちを爆発させるように言った。

「この場所にヒットさせようとしたら、亜獣が起ち上がった時、真上から首の付け根を貫くか、飛んでいる時に真横で突くかするしかないと思います」

 エドのことばにブライトより先にリンが反応した。

「ちょっとぉ、エド。どうやって、それを実行するの!。あんな針の攻撃をかいくぐって近づくのは無理でしょ」

 エドは、リンのほうに顔をむけて、咳払いをすると言った。

「それについては、アルに提案があります」

 指名されてアルがもったいぶった顔つきで起ち上がった。


「『万布ばんぷ』を使うことを提案させてもらいたい」

 アルの提案にリンがいくぶん怒気を含んできこえるような声で訊いた。

「万布?。あのさえないネーミングの形状記憶繊維のこと?」

「えぇ、あれですよ」

「あれって、テーブルウェアでしょ?。念じるだけで、カップとか皿とかボウルとかに形状や固さを自在に変えられるナプキンみたいな」

 リンはテーブルの上で、それを使用していることをイメージして、小物を持ちあげるしぐさをしてみせた。アルはその抗議ににんまりとして笑みを返した。

「その万布のバカでっかいヤツを用意したんですよ」

 目の前に浮かび上がっていた亜獣のデータが、ひらひらとはためく布の3Dのホログラフのデータに差し替わった。

「こいつに形状を記憶をさせました」

 アルはそのホログラフの映像にむかって『盾』と声をあげた。

 すると、布が瞬時にぎゅうっと反り返ったかと思うと、硬化して盾状の形をとどめた。

「こいつが『盾』。こいつはTNTミサイルの直撃ていどなら防御できる硬さがあります」

 続けて、アルが『ネット』と声をあげると、こんどは形状が目の細かいネット状に変化した。

「『ネット』にすれば、あの針を弾力で受け止めて勢いを殺します。柔軟性に富んでいますが、簡単に破れたり、穴が空いたりしません。こいつが優れているのは、基本的に布なので、携帯しても機動性をうしなわずに済むことなんですよ」

 ブライトがヤマトとレイのほうを見て、「どうだ、ヤマト。使えそうか?」と訊いた。

 ヤマトはブライトの真摯な表情に驚いた。

 数日前の夜、ヤマトからあれほどの屈辱をうけたのに、一切のわだかまりも感じさせず、純粋に司令官として職務を全力で果たそうとしている。

 普段は、大人の論理を威圧的にふりかざし、重要な局面では決断をためらい、いざという時は責任を言い逃れするような、ヤマトが一番毛嫌いする種類の人間だったが、いい意味でも大人だった。

 軍人としては優れていると認めざるを得ない。

 司令官ではなく、調整役である事務官であれば、ヤマトも尊敬できていただろう。彼の不幸は、自分の身の丈以上の地位を拝命してしまったことなのかもしれない。

 ヤマトはブライトの視線を意識しながら、ほんの一瞬もったいぶった。

「ん、まぁ、心強い武器だと思う。硬度があの針をまちがいなく防げるのなら、強力な盾になる」

「だろ、レイ?」

 ヤマトはレイに同意を求めた。たぶん、レイなら与えられたものなら、どんなものだって使うだろうと見込んでのことだったが、レイの返事はこれ以上ないほど、満点だった。

「わたし、これ、使いたい」

 それを聞いて、ブライトの顔にわかりやすいほどに安堵の表情がひろがった。アルはというと喜色満面の笑みで「あぁ、いいとも、いいとも」と言いながら、なんども大きくうなずいた。今にも身を乗り出して、レイに抱きつきそうな勢いに、ヤマトは苦笑した。

 ブライトはひとしきり嬉しそうにすると、表情をすっとニュートラルに戻して、アイダ李子のほうに、真顔をむけた。

「さて、アイダ先生、亜獣の幻影攻撃について対策を聞かせてくれないか」


 そのひと言で、室内を包みかけていたポジティブな空気はもうそこにはなく、一瞬にしてピンと緊張感が張りつめた。アイダ医師はすっと立ちあがって口をひらいた。

「ブライト司令、先日も申し上げましたが、時間がまだ足りません。エドからの情報も少なく、有効な手段を断言することはできません」

 ヤマトには、李子がブライトに、いくばかりか挑戦的な目をむけているように見えた 

「ですが、亜獣の幻影の分析から、なにかヒントが掴めると考えています」

 李子は目の前でぴらぴらとはためいている万布の3D映像をスワイプして、円グラフを呼びだした。円グラフは3つに区切られていて、一番おおきな部分は55%と過半数、あとの2はそれぞれ30%、15%となっていた。

「これは先日、街中で亜獣アトンの幻影を見せられて被害にあった人々を、死亡時のヴァイタルデータや表情などから3つにカテゴライズしたものです。一番大きな円は『喜び』。次が『怒り』、そして残りが『不明または恐怖』です」

 ブライトがいきなりの説明にたまらず尋ねた。

「アイダ先生、ちょっと意味がわからないのだが……」

 だが、李子はそれにはとりあわず、次の円グラフを表示して話しを続けた。次に現れた円グラフは、60・30・10%に切り分けられていた。

「まだ全部ではないのですが、つぎに、故人の家族や知人からにヒアリングして、故人に心残りがある人や想っている人、恨んでいる人がいないかを抽出しました。それを重ねたものがこのグラフになります」

「被害者たちは、亜獣に襲われているさなかにもかかわらず、死の瞬間、その多くが幸せそうな表情を浮かべていました。ヴァイタルデータをみると、それらの人は脳内報酬系と呼ばれる「ドーパミン」が大量分泌されており、家族らの、逢いたいと思う人がいた、という証言と、ほとんどが紐づけできました。逆に異常な量の「アドレナリン」が分泌した人には、憎んでいる人や忘れたい人がいたという証言と紐づけされています」

 ブライトがその意図を理解して、口をはさんだ。

「ということは、約60%は、逢いたい、と思う人に最後出会えて、しあわせな気分のまま最後を迎えた、ということになるのか」

「えぇ。残念なことに、リョウマ君は、後者の30%のほうでした」

「ならば、これをもとに、どういう対策がうてる?」

 アイダ李子は両手を軽く上にあげて肩をすくめてみせた。

「ブライト司令、わたしは精神科医です。人間専門のね。幻覚に取り憑かれた人をなんとかしてくれ、というご依頼なら、専門家ですからなんとかしてみせます。ですが、幻覚に取り憑かれないためになんとかしろ、と言われても……」

 ヤマトはそのやりとりを聞きながら、もしもの時、自分の元へは誰が現れるのだろうか、と思案した。パッと思いついただけでも、候補が何人もいる。が、ふと、逆にその候補をピンポイントで選ばせて、幻影として出現させられれば、あらかじめ対策がうてるのではないか、と思い当たった。

「どうした、ヤマト」とブライトが訊いてきた。気づくと、いつのまにか自分でも意識しないうちに挙手していたらしい。

「いえ、対策を思いついたような気がして……」

 室内の参加者が一斉のヤマトの目をむけた。

「誰が現れるかわからないから動揺して、幻影に翻弄ほんろうされるんですよね。なら、こちらから『誰か』を指定してやればいいんじゃないかな。あらかじめ現れる人物がわかっていたら、なにか事前に対策が打てそうな気がする」

「ヤマト、そのなにか、とは何だ?」

「ごめん、ブライトさん、まだそこまではちょっと……」

 ブライトが落胆して、大きく嘆息した。それを見て、ヤマトはあわててことばをつけ加えた。

「でも、なんとなく見えかかってるんだ。次の亜獣出現までにはなんとかできると思う」

 ブライトは顔をあげると、エドに強い口調で尋ねた。

「エド、次の亜獣出現予測時間はいつだ?」

 エドは待ってましたとばかりに声を張った。

「5日と約5時間後、活動時間は25分23分です」


 あと五日……。

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