第6話 わたしはあの化け物の主治医だ。人間の医者ではない
マンゲツは右腕を肩のほうへ伸ばすと、背中に装備していた刀の
マンゲツの頭から首筋にかけて、表皮の中を青い粒状の光が走りはじめた。その光はプロテクターやマスク越しにでもわかるほど鮮烈でまばゆい。光が頭部分からソードの柄をもった右手にむかって、点滅しながら集まっていく。光の明滅がイルミネーションのようで、外から見ていても力が指先に集まっていくのが透けてみえる。
それは身体の流れる『気』のようなものだ、と解釈されているらしかったが、ヤマトにとってはこの光だけが『移行領域』を切り開ける唯一の力だ、ということだけで充分で、ご大層な解釈はどうでも良かった。
光が今度は指先からセーバーの先にゆっくりと流れていき、徐々に光のソードを形作りはじめるのがわかる。
サムライ・ソードと名づけられたマンゲツの武器。
「急げ。ヤマト」
ブライトがいらいらとして声をかけてくる。
その助言にイラっとしながら正面に目配せしたヤマトの視界に、突進してくる亜獣の姿が入ってくる。まだソードはバタフライナイフくらいの長さにしか形成されていない。
『チッ、空気読めよな』
ヤマトはやむを得ず、短い刀身のまま亜獣にナイフを突き出そうとする。
が、その瞬間、亜獣の右首が驚くような速度で伸び、パンチのように繰りだされた。カウンターパンチのような形で肩を直撃され、マンゲツはうしろへ吹き飛び、低層マンションを何棟かなぎ倒す。
デッドマン・カウンターの数字は『110』。
「首が腕みたいに伸びた」
「エド、どうなっている。事前情報にはなかったぞ」
「どうやら、
エドのかしこまった顔が投影される。
「ったく、ちゃんと情報収拾してから全滅してもらいたいもんですね」
マンゲツは崩れた低層マンションに手をかけて支えにして立ちあがった。手にもった光のソードはまだ包丁程度の長さに留まっている。目の前の亜獣にむかってソードを突き出すマンゲツ。それに呼応するように亜獣も右首をパンチのように突き出してくる。
『こんなに短いんじゃあ』
『刺すしかないよな』
光の包丁を突き立てられた亜獣の右首が、悲鳴のような咆哮をあげる。痛みにのたうちまわるが、それをぎゅっと握りしめて見動けないようにするマンゲツ。
ヤマトの右腕に痛みが走った。
左首のほうがいつのまにか、マンゲツの右腕に噛みついていた。ヤマトはすこし感心したような口調で言った。
「エドさん、こいつ、右の首を囮にしてきたよ」
反撃を受けて、司令室を映しているモニタ画面のむこうの司令室の空気が、一瞬にしてざわついたのが、伝わってきた。
エドがめずらしく大きな声をあげた。
「タケル君、油断しないで。亜獣には知性があるんだ」
横にいたリンは眉根をよせて、あきらかに不機嫌そうな表情で声を荒げた。
「ちょっとぉ、タケルくん、その噛みついた首を早くはずしてよ」
「今、やるとこ!。こっちだって、それなりに痛いんだ!」
マンゲツが右手にもっていたソードを左手でもぎとるようにして手にした。噛みつかれた右腕に徐々に亜獣の歯が食い込んでいくのがわかる。
「タケル君、急いで」
「マンゲツの腕が……」
マンゲツの左腕に青い光の粒が走りはじめ、左手にもったセーバーの刃先部分に光のソードを形成しはじめた。
「はいはい」
「あいかわらず、ボクの心配じゃないのが嬉しいね……。リンさん、らしくて安心しましたよ」
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その皮肉めいたヤマトのことばに、リンは手のひらを額にあてがいながら呟いた。
『あの子……、まだ根に持ってるのね』
あれは2年ほど前のことだっただろうか。
思いだしたくもないロシアでの戦いーー。
複数のパイロットを一度にうしなった亜獣戦。最悪の結末。
そしてーーー、最後の集団戦。
リンは回収されてきたデミリアンが収容されたドックにむかって走っていた。
気が気ではなかった。
報告では、『セラ・ジュピター』と『セラ・マーズ』は、コックピットを大破され、両パイロットをうしなったもの、本体はほぼ無傷、あっても軽微な骨折程度とあった。しかし、マンゲツは逆にパイロットは生還しながらも、本体の被害は甚大だった。数ヶ所の骨折だけではなく、内蔵部分にも損傷がある可能性があるとのことだった。中継されてきたモニタ画面でみたかぎりでは、右腕は折れて、おかしな方向へ曲がっているだけでなく、手首がぐるりとねじれて、今にももげ落ちそうに見えていた。それだけでも相当の重症だ。そのうえ内部に損傷があったとしたら、こちら側から手を出せる方法は限られている。いや、部位によってはこちら側からは触ることすらできない可能性すらある。
焦りだけがつのる。
数人の係員と救命ロボットが騒々しい音をたてながら、自分を追い抜き、ドックのほうへ走っていった。自分の足の遅さがもどかしく、腹立たしい。
ドックが近づいてくると、修復用のドックの壁にもたれかかるようにして、へたり込んでいるマンゲツの姿が、遠めにも確認できた。
顔を被っているフルフェイスのプロテクターは半分ほどが剥がれて、顔が一部むき出しになっている。その顔にはパックリと割れた大きな傷が刻まれ、血のような体液がぽたぽたと染みでている。
「最初にマンゲツの顔の止血をして!」
リンは叫んだ。ニューロンストリーマで各担当と意識を共有しているのだから、口をひらく必要がないとわかっていても、叫ばずにはいられなかった。
ふと、自分がむかう方向からよろよろとこちらへ向って歩いてくる人影があるのに気づいた。力なく垂れ下がった右腕をぎゅっと押さえて、今にも倒れそうな様子だ。
リンはそれがヤマトタケルであることに気づいてハッとした。
苦痛に顔をゆがめながらも必死で歩をすすめ、こちらへむかってくる。
リンは下唇をきゅっと噛んだ。この緊急時にこの少年の相手はしていられない。
が、一瞬逡巡している間に、リンはヤマトが顔をあげて自分の姿を確認したのがわかった。ヤマトの表情がみるみるほどけていく。緊張の糸が解けたのだろう、目を潤ませて嗚咽を漏らしはじめた。
ヤマトとの距離が縮まる。
もう気づかなかったとは言い逃れができないほどの距離。リンにむかってヤマトが声を振り絞った。
「リンさん……」
「ボク……おとうさん……を……」
リンはその横を通りすぎた。
リンには見なくても少年のショックを受けた顔は想像できた。心と身体に傷を負った少年をさらに突き放す行為なのは、客観的にもむごいことだとわかっていた。
だが、どうすればいい。
わたしはあの子、マンゲツの主治医だ。人間の医者ではない。
ましてや、心の傷など治せるはずもないし、私にその義務はない。
なんびとたりとも
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