【乾師寿一】8
「風邪ひくとアカンから」と言われ、部屋に戻って早々、松葉は携帯を取り出した。
「先輩に、面白い話があるんですよ。」
「面白い?」
「はい、この前、昔の知り合いとたまたま再会して、そこで見つけたんですけど。」
見せられた画面には、いかにも夜の仕事といった感じのドレスを着た女性の後ろ姿が写っている。
「なに、お気に入りのキャバ嬢を見付けたって話?」
「まぁまぁ、話は最後までちゃんと聞いてください。これな、ここから電車で四時間くらい離れた、皐月町いうところで撮ったんですわ。その皐月町では、ちょっとした有名人で、ネタバラシしますけど、男なんです、この人。」
「え。」
言われてもう一度、画面を見る。腕や肩をストールで隠しているせいもあってか、言われて見ても、男だとは思えない。
「元々、家出少年だったんです。で、皐月町に飲み屋街があるんやけど、そこでいっつも金持ってる親父引っ掛けて、まぁ、売春しとったんですよ。男の姿のままで。」
「へぇ。」
「皐月町の飲み屋街に、『変態通り』って呼ばれてる、オカマバーが立ち並ぶ通りがあるんやけど、そこにな、頭ピンクの、『砂上さん』っていうオカマが、『さんたまりあ』いう飲み屋を一人でやっとったんです。その砂上さんがこの子を見付けて、引き取って、売春辞めさせて、さんたまりあで働かせたんですわ。そうしたらまぁ、見事大当たりですわ。」
後ろ姿だけではなんとも言えないけれど、それだけ美人に化けたのだろう。今の化粧技術は、なかなか侮れないから。
「で?オカマと一夜を共にしちゃった、みたいな話なら、また今度にして欲しいな。いきなり美人のオカマを勧められても、ねぇ。」
「いやいや、見た目もホンマ、美人なんやけど、なによりこの子、人の話をよう聞くんですわ。どんなくだらん話も、ちゃあんと覚えててくれはって。決して自分からべらべら話すタイプではないんやけど、うんうんって、いつまでも聞きててくれはるんです。」
松葉が俺を見て、再び携帯を操作する。
「俺もな、会うて、話したんですわ。エライいい子でしたわ。してな、俺は、自分の話やなくてその子の話を聞きたくて。その子、なんや、昔付き合うてる人がいたんやけど、その人に嘘を吐いてしもうて、それがバレて嫌われるのが怖くて、逃げてしもうたんですって。もう、四年も。」
携帯は、さっきとは違う、正面からの写真を、写す。
「今も忘れられんって。ずっと好きやて。せやから、その恋人が、前に好きやった人の真似して、ここで生きてるんや、って。」
その顔は。
今、目の前で座る、八木美々と、瓜二つで。
「皐月町のオカマバー、さんたまりあで働く、ビビちゃん、いう子の話です。」
携帯を、壊れるくらい握りしめて、見つめる。そうだ、この顔。この体。これは、間違いなく、
「敏和……っ!」
記憶にある姿とは、色々な意味で変わってしまった。敏和。敏和だ。何度も思い出していた。ねぇ。君は今、どんな声をしているの。どんなものを見つめて、どんな風に感じて、今を生きているの。
俺のこと、覚えている?俺が居なくても、幸せを感じている?もしもそうなら、俺はきっと、この世のすべての人に聞こえるくらい大きな声で泣き叫ぶよ。けれど、それでも君を嫌いになんて、ちっともなれないんだ。
どうしたらいい?俺は、君を想わずに生きていられない。
「寿一。」
美々が、俺の手を握る。
「ジンクスは、叶うんだから。」
携帯の写真と同じような、でもやっぱり違う、笑顔。
あぁ、やっと、造花は役目を終えた。
次はきっと、立派な桜になるだろう。
狭い中庭に凛と咲いた、あの桜に。
「行こう、会いに。」
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