【乾師寿一】6
「高松宮に居るっていうのは、なんとなく知っていたよ。」
「ふぅん、俺もですわ。」
コーヒーを飲みながら、相も変わらず美しい顔が、睨むように俺を見る。
「えっと、四年だから、もう二十歳?」
「ええ、まぁ。」
不愛想なのも生意気なのも、高校時代から変わっていない。これはきっと俺に向けてだけなのだろう、と思うと、なんだか笑えた。
「同じ大学なのに、全然気づかなかったよ。」
「俺もまさか、先輩に秋華行ける学力あるなんて思ってませんでしたわ。」
コーヒーに、三個目のミルクを入れると、目の前の美しい顔があからさまに歪んだ。
この、美しい顔こと、かつての後輩である松葉緑から連絡がきたのは、一週間前だった。
高校卒業の時の、あの留守電以来で、未だ俺を覚えていたこと、俺の連絡先を知っていたこと、なにより連絡しようと思ったことに、二重三重の驚きと戸惑いを感じて、電話を取るのを躊躇うくらいだった。
『久しぶりです。菊花高校の松葉緑です。』
『話したいことがあるんで、時間貰えませんか。』
相変わらず、必要最低限の愛想のみで言葉を放たれ、「元気にしてた?」や「覚えてたんだ」という俺の言葉を総無視して、事務的に話が進められた。よっぽど俺と関わりたくないのだろう。そうまでして呼び出したくせに、本題に入らないまま、苦くて飲めないコーヒーが、どんどんと冷めていく。
「秋華には、」
「ん?」
「……先輩、就職や思うてたのに、なんでわざわざ、遠い秋華に来たんですか。」
それが聞きたかったのだろうか。睨みながらも、まっすぐに俺を見る。
「別に、大した理由はないよ。」
「大してなくても、理由はあるんですよね。」
「そりゃあ、なんも理由なしに大学は選ばないけどさ。」
「それは、」
少しだけ、大きくなった声を抑えながら。
「八木美々が、居たからやないんですか。」
松葉は、そう言った。
「……。」
言われて俺は、あぁ、そうだった、と思った。思わず声に出しそうになったその一言を、コーヒーと共に飲み込む。
そうだった。その一言に、色んな意味が含まれていた。けれど、恐らく松葉が考える「そうだった」は、含まれていない。
「違うよ。」
色んな意味を含めて、そう言う。
「俺が秋華を選んだのは、本当にくだらない理由だし、今となってはなんにも意味がなくなったことだよ。」
「回りくどいことは言わんでエエから、ハッキリ言うてください。やないと納得しません。」
なんとしてでも理由を知りたいらしい。別に隠しているわけじゃなく、その理由が、俺には少し、恥ずかしいだけなのだけれど。
「俺は、ただ。」
苦いコーヒーを、もう一口だけ、飲み込む。
「敏和が、秋華に行くって、言ってたから。」
放って、なんだか口が乾いて、もう一口飲み込んだ。やぱり、苦い。
「……え?」
松葉は目を丸くして、またしてもまっすぐ俺を見た。けれどさっきまでとは違って、視線は痛くない。
「知ってると思ってた。聞いてなかった?敏和、秋華目指してたって、」
「いや、それは聞いとりました、けど。」
「だから、大学も敏和と一緒がよかったから、わざわざ勉強して秋華に入ったんだけどね。」
「それって、敏和は知っとるんですか?」
「知ってる……っていうか、ストーカーみたいだから理由は教えてないけど。秋華に行くっていうのは話したはず。うん、そうだ、別れる少し前に話した。」
「……。」
置物のように固まりながら、間抜けに口を開けて、なにかを考えている。その姿も、相変わらず綺麗だな、と思いながら、四本目のスティックシュガーをコーヒーに入れた。
「俺、」
「ん?」
「わかったかも、しれへん。」
うわ言のようにそう言って、ひとりでこくこくと頷く。首を傾げて飲んだコーヒーは、やっと少しだけ、飲める味になった。
「俺、大学で、美々と再会したんです。」
「再会したって、それ以前に二人が知り合いっていうのを知らなかったんだけど。」
「敏和のことで、お互いにおんなじ気持ちで、再会して、ビックリして、セックスして、」
「え、ちょ、何さりげなくすげぇこと言っちゃってんの。」
「今も、お互いの家、行っとるんですけど、そんで、この前、先輩の話を聞いて。」
「松葉?」
「俺、おれ、わかった。」
いつも考え抜かれた言葉を話す松葉が、珍しく、浮かんだ言葉をそのまま放つように、次々と声を出して。
「美々と、三人で、話しましょう。」
そう言った視線は、柔らかかった。
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