【松葉緑】6




 高校は、美々と同じところを選んだ。それを教えると、大げさなくらいに喜んで、『中庭がおススメだよ!立ち入り禁止だけど、生徒玄関側の真ん中のガラス窓だけ鍵が壊れてるから、そこから入れるの!』というメールがきた。

 美々は帰ってからも相変わらず、頻繁に連絡をくれた。さようならのあとも関係が続くということがとても新鮮で、不思議な感じだったけれど、純粋にただ嬉しかった。

 中山大で、初めて年単位の時間を過ごした。父も「もうここで落ち着こうか。」と言っていて、俺はようやくゆっくりと、その場に腰を下ろした。

 大好きな弟の元へ戻り、青春を謳歌し、バレーを失っても美々の人生は充分輝いているように見えて、安心した。俺も恋人を作り、美々にも紹介した。美々は恋愛を楽しむ余裕が出来たことを自分のことのように喜んでみたり、「ミドちゃんの筆おろしはなんだかんだで私がするんだと思ってたのにぃ。」なんて冗談を言ったり、相変わらずの美々だった。


 相変わらずの美々が、元気で明るく楽しそうな美々が、それを崩したのは、冬。

 バレーか弟か。そう言っていた彼女の人生から、バレーが消えた。自動的に、彼女の拠り所は、たった一人の弟になった。どんなにイケメンで優しい彼氏と、盛りのついた猿みたいな日々を送っていても、その根本の部分は変わっていないと、俺は思っていた。

『弟が、菊花高校に進学することになったよ。もし見かけたら、仲良くしてあげてね。』

 色とりどりの絵文字と共に、携帯が受信したメール。チカチカする色彩が画面を埋めていたけれど、その文には色が、温度がなかった。返事をしても、電話をしても、「いやぁー、私ももう一回菊花に通いたくなっちゃった。」と笑う美々は、窓の外の雪みたいで、きっとゾッとするくらいに美しく、その姿に俺は、少しも見惚れることが出来ないのだと感じた。

(太陽が遠くなるから寒くなって、雪が降るんや。)

 どうして美々から離れていくのだろう。

 まだ知らない『八木敏和』のことを、俺は心の底で、とても、とても恨んでた。


 とても恨んだ、その人物と、俺はあっさり、しかもとても近くで出会うことになった。

「桜花中学校から来ました。八木敏和です。」

 真後ろの席。女のような体に、伸びきった真黒な髪。一目で「暗い」と感じるそいつこそが、誰もが焦がれた八木美々の、親愛なる弟だった。

 正直に言おう。なんで美々はこんなやつを大事に思うのか、全然わからなかった。話しかけても反応はないし、愛想が全くないし、顔は見えないし、ただひたすらイライラするだけだった。兄弟、とか、血の繋がりっていうやつの力なのだろうか。とにかく俺は、こんなやつよりもずっと、美々を楽しませることが出来るし、可愛い弟になることが出来る。そう思った。美々の弟という立場を、譲ってほしかった。でも、そんなことは出来ない。

 だから知りたかった。美々が感じた、八木敏和の魅力を。そして執拗に、嫌がられようと、俺は無理やり、敏和に近付いた。

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