【松葉緑】5


 そして三月。無事に志望大学に合格した美々は、待ち望んだ弟の住む実家へと帰ることになった。

 何度も何度も繰り返した光景だけれど、見送る側は初めてだった。セミロングまで伸びた金髪の美々は、なんだかとても大人びていた。いつもは電車に乗り込む側だけれど、初めてホームからその姿を見つめると、なんだかとても、こみ上げてくるものがあった。たくさんの人に見送られて、美々は、その先頭に立つ俺を、強く強く抱きしめた。

「大好きよ、ミドちゃん。ミドちゃんがいてくれたから、私、頑張れたんだよ。」

 あぁ、やめてくれ。

 俺は間抜けに口を開けて、言葉が何も出なくて。

「ミドちゃん、また会おうね。お願い、約束よ。」

 やめてくれ、やめて。

 まばたきが出来なくて、滲むように涙が落ちた。

(あぁ、そうか。そうか。)

 そこで俺は、ようやく色んなことを理解した。

(寂しかったんや。)

 引っ越しを告げる父の顔。町から離れて行く電車。泣いていたどこかの誰か。捨てられない手紙。深い関わりを避け始めたとき。嫌われたくなくて痛んだ頬。有馬食堂の温かさ。美々の笑顔。美々の温もり。美々の仕草。美々の声、美々。としかず。松葉、緑。

(さみしかったんや。)

 開けっ放しの口から声が出た。涙と声が押し寄せて、滝のように泣いた。内側にあるもの全部出てしまうくらい泣いたけれど、心の奥底に置いた「行かないで」という言葉だけは、最後まで溢さなかった。

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