【松葉緑】4


 美々とはすぐに意気投合した。なんとなく、美々と自分はどこかで似たものを持っていた。美々のような『明るくて元気で楽しそうなやつ』は苦手だったはずなのに、今まで感じたことのない居心地の良さがあった。こんなことは、別れがツラくなるから避けていたはずなのに、美々のそばを離れることが出来なかった。

 でも、これだけは断言できる。そこに恋愛感情だなんてものは、少しもなかった。俺にも、美々にも。

 穴があったら突っ込みたいお年頃な俺だったけど、美々とはセックス出来ないと思った。例えるなら美々は、姉のような感覚だった。

 そして美々も、可愛くて仕方ない大好きな弟と、俺を重ねていたのだろう。


「敏和ちゃんとご飯食べてるかな。」

「まぁた大好きな弟の話かい。」

「ははは、ミドちゃん見てるとどうしても思い出しちゃうのよ。」

 美々と俺は、年の差も性別も気にせず、同じクラスの友達よりも頻繁に遊んだ。変な噂をされても一切気にしないで、むしろ互いに変な虫が寄ってこなくて助かるくらいの気持ちでいた。

「会いに帰らへんの?」

「帰らへんのよ。敏和の顔見たら、私きっと中山大には戻らないってなるもの。」

「いつ実家には帰るん?」

「バレーが出来なくなったら帰る。」

 美々のブラコンっぷりは相当だったけれど、同じくらいバレーのことも好きだった。

「バレーと敏和、どっちもなんて器用なことできないのよ、私。だから、今はバレー!」

 そう言って笑った、一か月後。練習試合で後輩を庇った美々は、足首が変な方向に曲がって、あっけなくバレーが出来ない体になってしまった。

「これで私、敏和一筋の人生を送れるわ。」

 松葉杖をつきながらそう言って、俺の前で初めて、声を挙げて泣いた。


「ミドちゃん、ご飯食べに行こう。」

 バレーを辞めて、美々は前よりも俺と会うようになった。

「ここ、小さいんだけどすんごい美味しいの。私一押しなんだ。トンカツ定食がヤバいんだから!」

「有馬食堂……?」

「そ、こういう美味しいお店、一軒だけでも知っていたら、絶対いつか役に立つから。ミドちゃんには特別、私が伝授してあげる。」

 ショートだった黒髪を、受験生だというのに金に染めて、「憧れだったの!」とパーマやエクステをつけて、美々の印象は一気に変わった。派手な男たちと歩いているのをよく見かけたけれど、二人でいるときはいつもと変わらない美々だったから、あえてなにも言わないでいた。

「ヨッシー、進学はどうするん?」

「うんとね、家の近くに秋華っていう大学があるから、そこに行くことにしたの。そこそこ頭良い大学だから、勉強頑張らなきゃ。」

「勉強頑張らなアカンってやつにはとてもとても見えへんけどなぁ。」

「うーん!今日もナポリタン美味ー!」

「誤魔化すなやぁ。」

「おっちゃん、ご飯おかわり大盛でおねがーい!」

「女やのに引くくらいの食欲やなぁ。」

「食べなきゃ損よ!きゃはははは!あっ、」

 豪快に笑った弾みで、チャックを開けたままの美々の鞄が倒れた。

 ピンクのペンケースに分厚い手帳、派手な化粧ポーチ。俺の足に当たったのは、菊花高校の生徒手帳。

 そこに挟まった、一枚の写真。

「誰やこの男。あ、もしかして、敏和?」

「ふふふ、うん。生徒手帳にずっと一緒に居たい人の写真を入れるジンクスがあるの。」

「ヨッシーもそういうの信じたりするんやなぁ。けど弟はないわぁ。なんや、想像と全然違ったわ。似てへんなぁ。」

「可愛いでしょう?あはははは。」

「コメントは控えさせてもらうわ、あはははは。」

 美々と笑いながら、初めて食べた有馬食堂の美味しいトンカツ。

(あぁ、ヨッシー、実家に帰ってしまうんやな。)

 俺は笑いながら、そんな気持ちで、美々を見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る