【乾師寿一】7


 その日から、敏和は抜け殻になった。

 松葉が旅立つ日、敏和は泣いた。それはまるで赤ん坊のような、気が狂ってしまったのではないかと思うような泣き方で、電車の扉が閉まる直前まで、松葉はずっと敏和の頭を撫でていた。

 電車が見えなくなると、今度は嘘みたいにぴったり泣き止んで、小さな声で何度も「寒い」と言った。季節は残暑で、たしかに涼しくなってきたけれど、決して寒いと感じるような温度ではなかった。だから、駅からまっすぐ敏和の部屋へ帰って、ただただずっと、小さな体を抱きしめていた。敏和が嫌がっても、なにしても、絶対に離さなかった。何も話さず、テレビも点けず、ただ、お互いの鼓動を聞いていた。そうしていないと、少しでも油断した隙に、フッと消えてしまいそうな気がして。

 日が落ちて、真っ暗になって、お互いしか見えなくなったら、今度は馬鹿みたいにセックスをした。意識がほとんど無くなっても、ただひたすらに腰を振った。敏和の体に、ひとつも余すとこなくキスをした。唾液なのか汗なのか涙なのか精液なのか、それがどちらから出たものなのかわからないくらい、ぐちゃぐちゃに交ざりあった。細い腰を掴んで、血が出るくらい乱暴に突きながら、宝石を扱うように丁寧に、優しく、唇と舌と手で全身を撫でた。買い溜めしていたコンドームが無くなったら、挿れない代わりにうなじを噛んだ。虚ろな意識が加減を忘れ、白く細い首には、一週間包帯を巻くほどの傷跡が出来た。他人が見たらなにかしらの良からぬ想像をされそうだったけれど、どのみち教室の硬い椅子にはとても座れなかったので、テスト前にも関わらず、敏和は一週間学校を休むことにした。俺は体に鞭打って出席した体育で見事腰にバスケットボールが当たり、男子三人がかりで保健室へと運ばれた。

 敏和が休んだ一週間。帰りのホームルームが終わると、誰よりも先に教室を出て、敏和の部屋に向かった。敏和はベッドで寝ているか、体育座りでボーっとしているかのどちらかだった。俺が与えないと食事も取らないで、ボーっと窓の向こうの空を見上げているだけだった。

 そして、俺がどんな話をしても、なにを言っても、一瞬で忘れてしまうようになった。

「今日は午前で授業サボって来るから。」

「冷蔵庫にお弁当入ってるから。」

「これ、来週までに提出のプリントみたいだから、早く記入するんだよ。」

 敏和は、頷いて、頷いた瞬間にはもう、なにに頷いたのかを、覚えていなかった。

 学校に復帰してからもその調子で、一学期トップだった成績が、二学期中間テストでは、下から数えるとすぐに見付けられるほどにまで落ちてしまった。けれど、テスト直前に休んでいたことで、体調不良が原因だろう、と、担任はあまり気にしていない様子だった。

 中庭の大木は、すっかりと赤に染まって、敏和はただただ黙って、落ち葉を踏んでいた。喋らない代わりになにか伝えたいのか、ずっと音を鳴らして、時々、涙をこぼしていた。

(ビビ。)

 俺は、そんな面倒くさくなった敏和のことが、以前よりもずっと、愛しくて堪らなかった。

(やっぱり、キミは、ビビににているね。)

 だから、敏和を独りにしたくなくて、出来るだけ側に居たくて、なのに、なのに。


 いよいよ受験が間近に迫ってきた、二学期の終わり頃。

 なんの前触れもなく、唐突に、

「別れましょう。」

 と告げられた。

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