【乾師寿一】5


 午後授業が全て学祭準備に変わってからはさすがに、互いにクラスの準備を手伝った。よく知らない漫画のなにかがプリントされたクラスTシャツは、一番大きなサイズを頼んだのに、ちょっと背中を伸ばすと腹が出てしまった。それに引き換え敏和は、男子のSでも少し大きく、不服そうに牛乳を飲んでいた。どうでもいいのだけれど、敏和のクラスは萌え系のアニメがテーマらしく、そういうオタクが着るようなデザインのクラスTシャツを嫌々着ている姿は、なんだかとってもキュンときて、ぎゃあぎゃあ騒がれながらも何枚か写メを撮った。

 学祭当日は、準備期間にサボっていたツケが回ってきて、ほとんど店番を押し付けられた。人ごみのなかでも俺が看板を持つと目立って良い、という理由で、ほとんど校門のそばで看板を持って突っ立ていた。

 敏和も店番を押し付けられたようで、店番中の俺を茶化しに来たイケ眼鏡曰く「アニメのマスコットキャラのコスプレさせたらエラい似合うたから、それで荒稼ぎさせとる。」らしく、それで何度も抜け出して見に行こうとしては、長身が仇となり、見付かって連れ戻された。

 ようやく一緒に回れたときにはお互いヘトヘトで、中庭に避難しようとしたけれど、学祭のときだけ使われるそこは生徒会が焼きそばを焼いていて、仕方なく演劇部のとこへ行って、一番後ろの椅子で二人寄り添いあって休んだ。敏和は眠っていたけれど、俺はずっと、ガラガラの客席に向かって懸命に演じる人たちを見つめていた。死んでしまった愛猫が人間になって恩返しにくる、そんな話だった。無防備に投げ出された小さな手を、ずっと握っていた。

 そのあとは適当に回って、微妙な味のくせに値段だけ高い食べ物で腹を満たして、よくわからない展示をゆっくりと見ていた。

「イケ眼鏡は?」

「最近よく気にしますね。好きなんですか。」

「あ、ヤキモチ。かわいー、もっと妬いてもっと妬いて。」

「松葉はお父さんが来た、って。」

「へぇ。」

 敏和は?

 そう聞こうとした言葉を、飲み込んだ。ふと視線を動かせば、見慣れたユニフォームを着た女の子たち。

「女子バレー部、スパイク体験やってまーす。」

 あぁ、やめてくれ、俺は。

(ねぇ、すっごい背高いね!なんか部活やってるの!?)

 思い出したくない。

(えー!もったいないよ!ねぇ、バレーやろう!楽しいよ!)

 忘れることにしたんだ。

(あたし、三年の八木美々!キミは?)

 俺は。

(え!としかず?ははは!あたしの弟とおんなじ名前!)

 とても酷いことをしているのだから。

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