【八木敏和】18


「悪いなぁ。一人暮らしやのに毎回外食に付き合ってもろうて。」

「いや、晩御飯考えるの面倒だから、助かるよ。」

「成長期が悲しいこと言うなや。そんじゃまた、学校でな。」

 定食屋の前、松葉と手を振って別れる。すっかり暑くなって、Tシャツにじんわり汗が滲んでいる。冷たいシャワーを浴びたくて、帰路に着く足取りが早くなった。

 けれど、その足取りを、大きな影が、止める。

「奇遇だねー。」

「……先輩。」

 噂をすればなんとやら。初めて見る、私服の先輩が立っていた。

「なんかさ、その先輩って、俺に似合わないから止めて欲しいなー。」

「先輩は、先輩です。苗字知らないし、名前は僕と同じだし。」

「あー、乾師(ケンシ)だよ。乾師寿一。今更だね。」

「ケンシ……名前は強そうですね。」

「名前以外も強いんだよー。がおー。」

 狼を真似るように両手を顔の位置まで上げて、僕を見下ろす。初めて中庭でキスしたときが重なって、不自然に目を反らしてしまった。暑さのせいか、顔が熱を帯びる。

「……その顔、反則だよね。」

「べっ、なっ、いつも通りです。」

「嘘。」

 ちゅ、っと、触れる程度のキス。

「いつも見てるんだから。」

 目を見つめられたまま、今度はゆっくりと顔が近付いてきた。いつもなら、目を閉じて、少しだけ口を開けて待っているのだけれど、先ほどの松葉の言葉を思い出して、僕の高さまで下げられた顔を、そっと手で押し返した。

「こういうの、やめませんか。」

 先輩は、目を丸くして首を傾げる。

「その、もうそろそろ、ダメだと思うので。」

「だめ?」

「人の目とか、ありますし。」

 僕の思いが通じたのか、(通じた気はしないのだけれど)先輩は一歩僕から離れて、斜め上を見ながら唸ったあと、うん、と大きく頷いて、

「敏和の部屋に行こう。」

 と言った。(やはり通じてなかった。)

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