【八木敏和】17
「トッシーは、先輩と、付き合ってるん?」
有馬食堂でトンカツを食べながら、松葉が首を傾げる。揚げたてのトンカツから発する湯気で曇った眼鏡を外すと、眉間に皺を寄せているせいか、いつもと違った人相になった。
「どの先輩のこと言ってるの。」
「あの長い人しかおらんやろ。他にも当てがあるん?ん?お父さん、そんなの聞いてへんで?」
「誰が父さんだよ。」
「話し反らそうとしたって無駄やでぇ。今日こそはあの巨人とのこと、洗いざらい話してもらうで。」
「話すことなんて、ないよ。」
「ほぉー。」
黒い眼鏡ケースから眼鏡拭きを取り出して、目を凝らしながらレンズを拭く。
「そぉかぁ。トッシーは俺のこと友達や思うてくれてるんやって期待しとったのに、こんなことも話してくれへんのやなぁ。」
机に突っ伏して眼鏡をかけながら、上目で僕を見る。器用に眉まで下げて。こういう行動が、姉によく似ていて、だから気が合ったんだなと納得してしまう。
「夏休みもデート三昧なん?ん?ん?」
「だから、付き合ってない。」
「中庭でちゅっちゅっしてるの見たんやでー。三回ほどな。」
「三回……。」
「あ、その反応は三回じゃ済まないほどしとるな。やーっぱり付きあっとるんやん。なんでここまできてまだ隠すんよー。」
「付き合ってないから。」
松葉に嘘は吐いていない。確かに、あの一件から何故か、中庭へ行くと先輩とそういうことにはなってしまうのだけれど、付き合うとか、そもそも好きだとか、そういう話になったことは無い。いつも先輩と木に挟まれて、為すがままになって、満足そうに笑う顔を見上げるだけだ。
「付き合ってないのに、ちゅうするん?やだぁ、トッシー汚れてるぅ。」
松葉は唇を尖らせる。それに関しては、返せる言葉がない。
トンカツに添えられたナポリタンを箸に巻く。僕はトンカツよりも、このナポリタンが絶品だと感じる。単品でメニューにないのが残念だ。
「あの先輩はヨッシーの知り合いなんやな。んで、ヨッシーのことやから弟の話とかしてん、トッシーの存在を知っていて、気になってた、とか?」
「いや、姉さんが好きだから僕を使って近付こうとしてるだけだよ。」
「そうなん?じゃあトッシーはいいように利用されてるん?可哀想やわぁ。ナポリタンあげる。」
まったくもってその通りだ。けれど僕にそれを咎める権利は無い。僕だって、去年の今頃、騙して傷付けたのだから。重ねられる唇や背中に回る腕を拒まないのは、罪滅ぼしの気持ちが大きかった。
けれど、去年のことを知らない松葉には、僕の行動があまりにも不思議でならないだろう。僕が先輩に強い恋心を抱いて、遊びでもいいと身を委ねている、くらいに思っているかもしれない。
「もうすぐ夏休みやん。それまでにはスッキリさせたいところやな。トッシー実家に帰ったら、なかなか会えなくなるやろ。」
「実家……。」
「帰らんの?ヨッシーみたく部活あるわけやないんやし。あ、そうか。先輩、あの感じなら就職か。したら夏休みも学校行かんでエエし暇やもんな。そういう話してへんの?」
「えー、あー、……就職志望っていうのは聞いたことがあるような、ないような。」
「なんやそれ。てかトッシーは今んとこどっちなん?進学?高松宮帰るん?」
「一応、姉さんと同じ秋華大学って考えてる。」
「はっはー、ほんまシスコンやわ。って話反れたなぁ。なんにせよ、一回ちゃんと、先輩と話しいよ。」
最後のトンカツを、口に入れて、松葉はニカッと笑った。
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