【八木敏和】15

 ひとりでベラベラと喋りながら松葉が向かったのは、僕の部屋から歩いて五分ほどにある、小さな定食屋だった。ぼろぼろのノレンには、掠れた字で「有馬食堂」と書かれている。松葉が入ると、主人であろうお爺ちゃんが「まぁた食いしん坊が来たぞ」とだみ声で笑った。

「とんかつ定食が、オススメやで。あ、味噌汁とご飯おかわり自由なんよ。好きなだけ食うてエエんやで。」

「生意気坊主はおかわり抜き!」

「ちょ、なんでぇや!成長期やねん、食わせてぇな!トンカツふたつ!」

 よく来るのだろう。狭い店内には独特な置物や古い漫画が大雑把に置かれていて、畳の小上がりに座った松葉の学ランは、せっかく皺ひとつないのに、カスだらけになっていた。

「八木がな、なんか勘違いしとったらアレやな思うから言わせてもらうんやけどな。俺別に、ヨシミ先輩に近付きたいとか、そういう気持ちで話しかけたんや、ないんよ。ってか、八木を使わんでも俺、ヨッシーとめちゃめちゃ仲良しやねん。」

「じゃあなんで、」

「仲良くなりたいのに、理由がないといけないんかなって、」

「ほれ、トンカツふたつ。」

 運ばれてきた定食が松葉の言葉を止めた。お互いなにも言わずにトンカツを食べて、衣のサクサク感と肉の分厚さに思わず目が丸くなってしまって。そんな僕を満足げに見た松葉が、早々に一杯目のご飯を空にして、二杯目に喰らいつこうとしたとき、

「八木が嫌なら、やめる。明日から、無視してくれて、構わへん。」

 そう、言った。

 別に、嫌、とかそういう気持ちは無いよ。咄嗟にその言葉が浮かんだのに、それを口に出来ないまま、休日を挟んで、月曜日。

 僕より後に登校してきた松葉が、何も言わず前の席に座った、その背中に、精一杯の勇気を込めて、「おはよう」と言った。勢いよく振り返った松葉は、何度か大きく瞬きをしたあと、深く息を吸って、満面の笑みで「おはよう」と返した。それから松葉は、クラスの賑やかな人たちよりも、僕の側にいる時間のほうが、ずっと長くなった。

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