【八木敏和】14

 お腹が痛いと嘘を吐いて、午後の授業は受けずに帰った。なんとなく、あのまま学校にいたら、放課後トシカズに捕まるような気がして。

 早めの帰宅をしてもなにも咎められないのは、一人暮らしの長所だな、なんて思いながら、溜まり始めた洗濯物を集めて洗濯機を回す。高校には制服というものがあって良かった、と感じる。いつも帰りにスーパーに寄って晩御飯の惣菜を買ってくるのだけれど、学校をサボって寄り道することに気が引けて、なにも買わずに帰宅してしまった。とても小さな冷蔵庫なのに、飲みかけのミネラルウォーターが、居心地悪そうに横たわっているだけだ。

 晩御飯を諦めようかと思ったけれど、昼も食べ損ねたし、「そんなんだからアンタはチビなのよ」という姉の笑い声を思い出して、仕方なく立ち上がる。と、同時にチャイムが鳴った。また、母からの荷物だろうか。カップラーメンとか、とにかく晩御飯になりそうなものが来ていたら、という期待と共に扉を開けた。

「はい。」

「おー、なんや、元気やん。」

 しかし、訪問者は宅配便ではなく、松葉だった。

「なんで部屋、知ってるの。」

「ヨシミ先輩にメールで聞いてん。」

「姉さんに!?」

「だーいじょうぶ、住所聞く以外なんも話しとらんから。」

 悪戯に笑って、玄関から部屋を見渡す。学校から徒歩で通える範囲内で一番安い部屋を借りたから、自慢げにクラスメイトを迎え入れるようなところではない。

「なにか、用事?」

「用事って、」

「!」

 早々にお引取り願おうと、そう切り出したところで、タイミング悪くお腹が鳴った。松葉は我慢することなく吹き出して、一頻り笑ってから、

「ご飯食べ行こうや。美味しいとこ知ってるんよ。」

 と言って、無理やりに僕の腕を引っ張った。

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