【八木敏和】12

 下駄箱と体育館以外近づいたことのない一階は、学食に群がる生徒たちで溢れていた。自販機に並ぶ列や、早々に体育館へ向かう人たち、よくわからない場所に屯しながら話す人たち。でも、僕がいつも見下ろす中庭は、同じ空間がこんなにも騒がしいことを少しも思わせなかった。

「たしかな、この窓だけ鍵が壊れてるって……ん、開いた。」

 二メートルほどの高さがある窓を少しだけ開けて、柵を跨ぐ。優しい巨人は、歩く延長線のように跨いでいたけれど、僕には手をついて足をかけなければならない高さで、改めて大きいと感じた。松葉も、170cmあるかないかくらいの身長で、とても長い足だけれど、巨人のように跨ぐことはできなかった。

「初めて入ったわぁ。ってか、なんで中庭なん?」

 巨人も、人も、いない。窓を閉めると音が遮断されて、静かで落ち着く空間に変わった。松葉は柵に凭れながら、でかでかメロンパンを開ける。

「そっちこそ、なんで僕に絡むの?」

 僕もコンビニの袋からチーズ蒸しパンを取り出す。松葉の横には行かないで、巨人がいた木の影に腰を下ろす。

「クラスメイトやぁん。席も前後やし、な。」

「それなら、前の席の堀川に絡んだらいいよ。」

「予想通り、つれへんなぁ。」

 松葉の顔と同じくらいあるメロンパンを、薄い口からは想像できないくらい大きな一口で食べる。紙パックのジュースを啜りながら、柵から離れて僕の隣に腰を下ろすと、僕にも聞こえるくらい大きく、ごくん、とパンを飲み込んだ。

「八木さぁ、姉ちゃんおるやろ。」

 チーズ蒸しパンを千切った、手が止まる。

「バレー部の、ヨシミ先輩。高松宮から来た言うてたし、苗字も八木やってん。顔そっくりやし、トシカズいう弟が俺と同じ年や話したこともあったしなぁ。確認するまでもない思うんやけどさ。」

「じゃあ、わざわざ確認しなくてもよかったんじゃない。」

「ホンマ、性格は正反対やなぁ。」

 一度だけ深呼吸をして、千切ったパンを口に入れた。味がしない。

「こういうの、もううんざりなんだ。姉と関わりたくて近づいてくるの。」

「別に、そんなんじゃ、」

「あぁ、そうだよ。僕は正真正銘、高松宮出身の、バレー部だった八木美々の弟だ。これで、」

 満足だろう。だからもう近づくな。

 その言葉は、突然の振動と轟音にかき消された。

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