【八木敏和】10
「って、俺のことはどうでもエエんよ。高松宮からわざわざこんな田舎に来てん。バレーでもしとるん?」
「いや、その……知り合いが、いて。」
「へぇ。ご苦労やなぁ。なんもないとこでビックリしたやろう。俺も最初は驚いたわぁ。二年前にここきたんやけど、なんも遊ぶとこないんやもんなぁ、ははは。」
「まーつーばー、今また田舎の悪口言っただろー!」
横から、彼の綺麗な髪がぐしゃぐしゃと乱される。思わずあげそうになった声を飲み込むけれど、彼自身は大した気にせず、直すこともなくその手を掴んで笑う。
「松葉はまた誰彼構わずナンパしてんの?」
「いや、聞いたことない中学やったから気になってん、聞いたら高松宮やー言うからさぁ。」
「高松宮ぁ?どこだよそこ。」
彼に釣られてか、ぞくぞくと人が集まってきた。背中に嫌な汗が伝って、注目がこちらに向かないうちに席を立った。休み時間は、まだあと10分くらい残っている。
不意に、中庭の桜が見たくなった。あの、『優しい巨人』は、またあの場所に来ていないだろうか。目が合いそうになったときは逃げ出してしまったけれど、あの時あの空間が持っていた『春』の優しく生ぬるい温度が、心を落ち着かせた。
人気のない場所まで歩いて、窓の側に立つ。風が遮られた場所で、揺らされることなく堂々と咲き誇っている、大きな桜。夏になったら、どんな姿に変わるのだろうか。
「……、」
一階から中庭に続く窓が、開く。少し高さがある柵を難なく跨って入ってきたのは、多分あの『優しい巨人』だ。のそのそと歩いて、木の影に消えていく。彼の定位置はあそこなのだろうか。姿は見えないけれど、チャイムが鳴るまでずっと、今度は逃げずに見つめていた。
僕が、『優しい巨人』と出会うのは、それから一ヵ月後のことだった。
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